第七章 5

  
 翌朝、オリヴィエは、ジュリアスからの伝言を受け取った。そこには、ツ・クゥアン卿との謁見に同席を願う事と、場合によっては、第一騎士団をホゥヤンに向かわせるかも知れないので早急に準備を頼む、その際、一件はまだ伏せたままにしておいて欲しい……と言うことが記されていた。オリヴィエは、すぐに第一騎士団の兵舎に向かった。

「どういうことなんですか? 第一騎士団の者を全員集めて。非番の者も全員だなんて何があったんです?」
「もう新年も開けて随分経つのにオスカー騎士長ばかりか、ラオ殿もいらっしゃらない。それと何か関係あるんですか?」
「オスカーは視察の帰りに実家で新年を過ごしていると言っただろ。久しぶりの実家だからね、少し、ゆっくりしているんだよ。ラオは、この寒さで体の痛みがあるから、休ませている」
 オリヴィエは昨夜の会見の後、ラオが倒れた事をまだ知らない。ホゥヤンから帰った直後にまた出兵させるのは酷だと判断し、招集しないでおいたのだった。
「そういえば、ヤンも見ないな……」
「ヤンは、まだ正式に第一騎士団じゃないんだ。学業の方もあるからね」
 オリヴィエが取り繕うとすればするほど、皆は彼に質問を浴びせかけてくる。
「でも、一の週を過ぎてるのに。オスカー騎士長は、このまま戻らないおつもりなのですか? ホゥヤンでも名家の長子だとお聞きするし……」
「それに、騎士長と騎士長代理不在で、出兵の用意だなんて、何があったんですか?」
 騎士たちは口々にそう言い、オリヴィエに詰め寄った。特に、年末に南の領地に視察に行ったきり音沙汰のないオスカーの事は、皆、気にしていた。
「ここは黙ってワタシの言う事を聞いてくれないかい? これはジュリアスの命令でもあるんだ」
 オリヴィエが、そういうと大半の騎士たちは黙ったが、よけい口を尖らせた者たちもいた。
「何故、ジュリアス様から直接ご命令を戴けないのですか? 俺たちは第一騎士団なんですよ。これまでは、騎士長不在の時は、ジュリアス様が自らお出ましになってご命令されていたんですよ」
「ワタシからじゃ不満かい?」
「いえ、そういうことでは。もしや、ジュリアス様御自身にも何かおありになったんじゃないかと思って……」
 騎士の一人にそう言われて、オリヴィエは、他の者たちの顔を見渡した。普段は明るい若者たちが神妙な顔をしている。思慮深い年配の者たちも眉間に皺に寄せて不安気にオリヴィエの言葉を待っている。
「ジュリアスが直接、命令を出せないのは、それなりの事情があるから……」
 オリヴィエはそう言いながら、ジュリアスの執務室の様子を思い浮かべる。彼付きの文官のみならず、元老院の各々付きの文官も出入りする場所である。特にツ・クゥアン卿付きの文官は絶えず行き来している。
“ツ・クゥアン卿が本当に事件の首謀だったとしたら、行動を見張られている可能性は高い。ジュリアスは、ツ・クゥアン卿に知られずに準備しておきたかったに違いない“
 こんな状況の最中でも、ジュリアスが、あちらこちらに気を配らなくてはならない事を思い、オリヴィエは溜息をついた。そうして息を吐き出した彼は、キッと顔をあげた。
「さしたる理由もなく出兵の準備を直ぐに整えろと誰が言う? 今は話せない事情があるから黙っているんだ。すぐに準備を整えなさい。お前たちの王がそうしろと命令しているのだから。信じられない者は、ここから立ち去るがいい」
 オリヴィエは、一同を睥睨(へいげい)し、一番年配の騎士に向かって手招きした。とは言え、ラオよりは遥かに若い頑強そうな騎士である。
「これはジュリアスの正式な命ではないけれど、同盟国モンメイ王子としてワタシが責を負う。オスカーとラオの代わりに、ただ今より第一騎士団の騎士長として指揮を執るように」
 オリヴィエに目前できっぱりと言われると、その騎士は反射的に「はっ」と声を上げた。
「よろしい。では、迅速かつ秘密裏に総てを整え、追って指示のあるまで兵舎にて全員待機のこと!」
 オリヴィエは、そう言うと静まりかえってしまった騎士たちにを見渡した。一抹の寂しさがオリヴィエを襲う。第一騎士団にいる時は、ただの騎士見習いであった自分が、モンメイの国名を出して王族として命令する側に回ってしまったことに。皆の目がそれを証明していた。若い騎士たちは、様付けでオリヴィエを呼ぶものの、屈託なく話しかけてきてくれていた。挨拶も仲間内のそれで、簡単に手を振るだけであったのが、今は、胸に手をあて俯くという王族に対する挨拶の型を取っている。そしてオリヴィエが立ち去るまで決して動こうとしない。オリヴィエは、振り向くと、やるせない気持ちで第一騎士団の兵舎を後にした。

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