第六章 10

  
 夜更け、後をヤンや騎士たちに託し、村を出たラオとロウフォンは、見張りが潜んでいる泉の館や本街道を迂回する形で、クゥアンに向かった。冬の澄んだ空気が星々を輝かせ夜道を明るいものにしている。ラオが少し休みましょうと声をかけた。二人は馬を降り、木の根本に座った。
「どうも年寄りには、夜道はきつい。今宵はあまり風がないから良いものの、この寒さときたら。やれやれ、どうも、いけませんな。こんなですからヤンに馬鹿にされる」
 ラオを自分の腰に手を押しあて、呻き声をあげた。
「何を仰る。私を思いやっての休憩でしょうに。かたじけないことです」
 ロウフォンは、怪我をしている肩をほぐすようにさすりながら言った。
「一刻も早くクゥアンに辿り着きたいが、年寄りと怪我人の道中ですからのぅ。下手をすると敵に見つかり、やられる前に道端で、のたれ死にしてしまうやも知れませんのう、わっはっは」
 豪快にラオは笑った後、大袈裟に、どっこいしょ……と声をあげて、立ち上がった。
「では、ぼちぼち行きましょうか。夜明けまでに、領都からなるべくはなれた方がいいですからな。おお、今宵も見事な、一等星が上がってきましたぞ」
 彼らが目指す北の方向に、全天で一番明るい星があった。 それがよく見える位置にまで動いた。あれを目印に進みましょう……あたかもそう言うかのように、ラオはその星を指さした。

 翌朝、水を汲みに行った農夫が慌てて戻って来た。ヤンと騎士たちは、ようやく起き出し身繕いをしていた頃である。
「何事だ?」
「ちょいと足を伸ばして泉の館の辺りの様子を見てきたのですが、昨日の夕刻見つかった物の中に、瓦礫の中から、オスカー様の折れた剣が見つかったらしいです」
「なんだと? 確かか? 剣に名でも記してあったのか?」
 騎士の一人が問いかけた。
「さあ……そこまではわかりませんでしたが。兵士たちが噂していました」
 農夫は首を振ったが、ヤンがその答えを出した。
「オスカー様は、クゥアン王から騎士になった時に賜る剣を使ってらっしゃったはずです。クゥアンの紋章が入ってるからすぐにわかります」
「だが、あの時、クゥアン領主とその側近の騎士たちも来ていたぞ。その者の剣かも知れない」
「剣には、賜った年が刻印されてありますし、オスカー様のものは第一騎士団所属を表す赤い組紐が持ち手の所につけてあったから、完全に焼け落ちてなければ判ると思うんです。 俺、ちょっと聞き込みに行ってきます。おじさん、この籠のお貸りします」
 ヤンは、そういうと側にあった籠を背負った。
「ほう。どこから見ても、用足しに出歩いてる少年の風情だ」
「ヤン殿がいてくれて本当に助かるな」
 騎士たちにそう言われたヤンは、少し照れながら出て行った。やがて、陽が完全に登りきり、頭上近くになった頃にヤンは戻ったきた。
「やはりオスカー様のものだったようです。視察の為にホゥヤンに来ていた騎士が、確認したらしく、それを証拠として、ジュリアス様に提出するためにクゥアンに戻ったらしいです」
「なんだと! ロウフォン様と道中でかち合わなければ良いのだが……」
「それに、クゥアンの騎士ともなれば、馬の質も扱いも優れていよう。怪我をされているロウフォン様たちよりも早くクゥアンに着く可能性も高い……。だだ待っているだけの身が情けない」
 悔しそうにそう言った騎士を宥めるように、もう一人の騎士が、彼の手に肩を置きながら慰めた。
「待っていることをロウフォン様は望まれた。それにオスカー様やヤン殿を我らはお預かりしているのだからな。大丈夫だ。あのお方たちならきっと無事に辿り着かれて、全てを正して下さる」
 騎士たちが、そう話した合っていた時、奥の部屋から呻き声が聞こえた。ヤンはハッとして、オスカーの元に駆けつけた。騎士たちも後に続く。
 包帯で手当され、自由に動かせない体をよじって、オスカーが呻いていた。
「う……う……、剣……剣を、ジュリ……アス……様に」
 何度かオスカーはそのような事を言った後、また押し黙った。息遣いだけが荒い。
「オスカー様……、剣の事を気にされてる……ジュリアス様から賜った大切なものだものね……」
 ヤンはオスカーのやつれた顔に呟いた。
「いや、それが違うみたいなんだ」
 ヤンの後で様子を見ていた騎士が言った。
「え?」
「オスカー様は、地下の食物庫に、雪崩落ちるようにして入ってらした時、一振りの剣を持ってらっしゃった。ロウフォン様によると、それは、泉の館の居間に飾ってある幾振りもの剣の中のひとつだと言うことだ。意識を失っておられるのに、しっかりと握りしめられて、その指を解くのに難儀したほどだった。時々、言いなさるうわごとも、とぎれとぎれながらも、剣をジュリアス様に渡してくれと、そればかり」
「どういうことだろう? よっぽど良い剣だったんでしょうか?」
「さあ。詳しいことは我らも聞いていないが、赤い古ぼけた飾り石が付いていたが、果物すら切れそうにない錆びた剣だったがなぁ。ロウフォン様も、 大した剣ではないはずだがと。不意に仕掛けられて巻き込まれた戦だったから、焼け落ちる館の中で、何か混乱なさっているのかも知れない」
 騎士たちがそう説明すると、ヤンは再び、視線をオスカーに戻した。額に玉のような汗をかいている。
「すごい熱がある!」
 ヤンは、オスカーの汗を拭いながら触れた額の熱さに驚いて思わず叫んだ。
「熱が出てきなすったって?」
 ヤンの声を聞いた農夫の妻が、ひょいと扉から覗き込んだ。
「ええ。おばさん。お医者さんはこのあたりにいますか?」
 心配顔のヤンをよそに彼女は、オスカーの様子をしっかりと伺った。
「熱が出てきたのは、良い方向に向かってるのかも知れないんですよ。体温を上げて傷口から入った菌を殺そうとしてなさるんだから。 昨日は、手足も冷たくて、顔も乾いた土のようだった。体の中が、動き出した証拠ですよ。大丈夫、後は水分さえしっかりと補給してれば。この辺りの水は、とっても良いんですよ」
「うん……」
「さあさ、私はオスカー様のお体を拭きますからね、すみませんが、水を汲んで来て沸かしてください。ヤン殿は包帯を外すのを手伝ってくださいな」
 女は彼らに向かって、てきぱきと指示を出した。
「人使いの荒い女だな。我らは仮にも騎士だぞ」
 怒っている風でもないが、ふくれっ面をして若い方の騎士が言うと、もう一人が「よせよせ。ダダ飯を食わせて貰っている身分だからな。今は、彼女が我らの主と言っても過言ではない。なあ、奥方様」と笑った。
“どんな辛い状況の時でも、前向きになれば、穏やかな気持ちになれるね、爺ちゃん。オスカー様はまだ一人で戦ってらっしゃるんだ、俺もしっかりしないと”
 ヤンはそう思いながら、騎士たちと一緒に笑い合った。
 

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