第四章 2


   モンメイからクゥアンへ……約十五日間ほどかかる。馬も兵士たちも疲れていたので、一行はあえて急ぎはせずにゆったりと帰路についていた。いつもならば、こういう時、ジュリアスと第一騎士団は、別行動で、早々に馬を走らせてクゥアンに向かってしまうのだが、今回は、一群と離れずにいた。モンメイとの戦で負傷した兵士も出ていたし、オリヴィエが、同行していることもその原因のひとつだった。オリヴィエは、ジュリアスや第一騎士団の者たちのように馬を操れない。モンメイの王子を放って先に帰る訳にはいかないだろう、という訳だった。
 それに……ジュリアスは、考える時間が欲しかった。クゥアンの城に戻れば、王としての執務が待っている。留守中の報告を一通り受けるだけでも何日もかかる。モンメイとの同盟国の件を、元老院に説明し、各配下の国や領地に通達を出し、必要とあらば直接出向いて、説明しなければならない事もあるだろうから。
 モンメイの王都を出た後、しばらく荒野を進むことになり、幾日も野営する日々を利用して、西へ行く計画を具体的なものにする為の話し合いを、ジュリアスはオリヴィエとオスカーと共にしていた。
 西へ行く為の話だけではなく、それまでの各々の体験談や故郷での話、クゥアン王都の様子など、三人の間で話の種は尽きなかった。
 
 モンメイ王都を出て、十日。ジュリアスは、いつものようにオスカーから、一日の報告を、自分の包家で受けていた。
「明日には、クゥアン領に入ります。トゥンコウという町に宿泊することになりますが、既に連絡係の者を先に行かせ、我らの到着を知らせてあります」
「トゥンコウか……父が配下に治めた国の都だったところだな」
「はい、そこそこの規模の町で、クゥアン軍の施設もありますから、兵士たちはそこに宿泊させます。ジュリアス様、オリヴィエ様、それに騎士の何名かは、トゥンコウ領主の館にて持てなすよう指示しました。他の騎士たちは、自由に……ということでよろしいでしょうか?」
「ああ。久しぶりの町だ。皆の者もさぞかし羽根を伸ばしたいことであろう。外泊を許す。オスカー、そなたもな」
 ジュリアスは、微笑みながらオスカーに言う。
「いえ、俺は領主の館にご一緒します」
「ほう? まことか?」
 ジュリアスは、意地悪そうにそう言った。目が笑っている。
「もちろんですとも」
 オスカーは、むきになって返事をした。
「トゥンコウ領主は、五元盤の名手だそうだ。一度、手合わせしてみたいと思っていたのだが、そなた、それをじっくりと横で見ているだけになってしまうぞ?」
 五元盤……五つに区切られた盤の上で、駒を取り合うクゥアンに古くから伝わる遊びである。遊びとはいっても、正式なものは、駒の動かし方やそれぞれの盤での配置展開などが複雑な規則になっている。ホゥヤン育ちのオスカーにとっては、あまり馴染みのないものであった。
「もちろん、拝見しますよ。名勝負になるでしょう」
「オスカー、無理はよせ。町に出て、酒場にでも行って楽しむといい」
「いや、まあ……それはそうとして、あのジュリアス様、少しオリヴィエ様のことでお話が……」
 ジュリアスの言葉を、オスカーは曖昧な態度で流し、話を切り替えた。
「ほとんど城から出たことがない者にとっては、さぞかしこの旅は辛かろうと思ったのだがなかなか皆と上手くやっているようだな」
 ジュリアスがそう言うと、オスカーは深く頷いた。
「俺が言うのは失礼なこととは承知していますが、文句ひとつ言わず馬で隊列によく付いていらっしゃいます。第一騎士団の者たちが、お側に常に控えてはおりますが、何ら……その……我が儘な事を仰る様子もなく」
「そのようだな。騎士や兵士たちとも気さくに話す。すこぶる評判は良いようだ」
「実は、ジュリアス様。俺のような身分の下の者が、オリヴィエ様と些か懇意にしすぎるのではないかと、どこからかお叱りの声が届いているのではありませんか?」
 もちろん、人前で“俺”という話し方はしてはいないオスカーだったが、オリヴィエの方は、気軽に、“ねぇねぇ、オスカー、あのさぁ……”などと話しかけてくる。その様子を面白くないと思っている年輩の騎士たちがいること を、人づてに聞いているオスカーだった。 
「その事は気にせずとも良い。むしろ、これからもそなたには、オリヴィエと親しく付き合って欲しいと思っているほどだ。クゥアン王都に戻れば……、嫌でも彼の立場はモンメイ王子として堅苦しいものになるだろうし、私とは、謁見という形を取らねばなかなか逢えないという場面も出てくるだろう」
 それはオスカー自身が一番よく解っていることでもあった。ジュリアスに逢おうとすれば、それなりの手順を踏まねばならない。包家の入り口に掛けられた織物を掻き上げればすぐに逢える旅先とは違う。
 オスカーは、故郷であるホゥヤンからクゥアンに来た時、慣れぬ生活様式の違いに戸惑い、唯一の顔見知りが、王であるジュリアスだけという状況では、おいそれと頼るわけにもいかず心細い思いをしている。
 ジュリアスの方も、オスカーのそのような状況を知らなかったわけではない。知っていても、他国から騎士の見習いとして入ってきた者を特別扱いするわけにも行かず、見守っているしかなかった。
“オリヴィエ様の場合は、モンメイ王子というお立場から、その一挙一動が注目されることを考えれば、俺の時よりもずっと負担は大きいに違いない……”とオスカーは思う。
「わかりました。これからもオリヴィエ様の良い話し相手になるよう勤めます。それでは、俺は失礼します」
 オスカーは一礼し、包家から出ようとした。
「ああ、オスカー、明日は町で存分に楽しむがいい」
 ジュリアスは、オスカーの背中に向かって澄ました声でそう言った。
「わ、判りました、せいぜい二日酔いにだけはならないように気をつけます」
 オスカーは振り向いてそう答えると、申し訳なさそうな顔をしたあと、白い歯を見せて嬉しそうに笑った。

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