第三章 12

 
 オスカーとジュリアスは、互いに顔を見合わせたまま唖然としていた。
「この細工は……、何故?」
 ようやくジュリアスがそう呟いた。
「ワタシが拾われた時、これを身につけていたそうです。けれど、この石は、この辺りでもたまに採れる石ですので、特別な品だとは思ってもいませんでした……」
 オリヴィエの方も訳が分からないといった風情でそう言う。ジュリアスが考え込んでいる横で、オスカーが言葉を継いだ。
「これも西で造られたものに違いない……オリヴィエ様も、西で生まれた子だったのだろうか……何か事情があって、こちら側に捨てられたのか……けれど、二千年も前のものと、オリヴィエ 様の物が同じ造りをしているとは、一体?」
 オスカーは、二つの宝飾品を見比べてそう言った。 そしてジュリアスの顔を見た。一呼吸置いて、顔をあげたジュリアス……。浮き足立つ……そのようなジュリアスをオスカーは、ほとんど見たことがない。いつだったか愛馬が難産の末に無事、子を生んだ時……、その時くらいである。
「そなたはどうしたい? 領主の弟としてこの地に留まるが良いか、私と共にクゥアンに行き、準備が整い次第、西へ旅立つか?」
 ジュリアスは、いきなりそう言った。相手と話す時、ことにそれが私的な相手ではない場合、冷静に、理路整然と状況を踏まえて話すという態度で接することが身に付いてしまっているジュリアスが、まるで、新しい馬で、オスカーを遠乗りに誘う時のように オリヴィエに言った。

 オリヴィエの方も偶然とは思えないこの二つ装飾品を前にして、そう言われては選択肢などないように思われた。
 “西へ……この男とならば、西へ本当に行けるかも知れない……まだ誰も見たことのない処へ……もしかしたらワタシの生まれた処へ。そして確かめたい……このワタシの首飾りが何故ジュリアス王のものと一緒なのか……”
「貴方と共に参ります。ですが……」
 行くと、返事をしてしまったものの、そこでオリヴィエは一旦、言い淀んだ。 宝飾品のことで、動揺しているであろうジュリアスの心中を読んで、交換条件を出すならば今しかないと思ったのだが、それにしても自分が言い出そうとしていることは、あまりにも虫のいい話だ……そう怯みそうになるのを堪えて、彼は、次の瞬間、顔をまっすぐ上げジュリアスを見た。 そして言った。

「今からでも同盟国のお話を考え直しては戴けませんか?」
 オスカーは、ぎょっとした顔でオリヴィエを見た後、何か言おうとして押し留まり、ジュリアスの言葉を待った。その表情を見ていたジュリアスが逆に、オスカーに問う。
「何だ? オスカー、言いたい事があるなら申して見よ」
「では……。もうこの地を配下に治めると、宣言なさいましたので……、それを撤回するのは難しいことかと思うのですが……ですが……それは……」
 オスカーは立場上、言葉を濁した。
「そなた、それ見たことか……と言う顔をしているぞ」
「は……いえ、そのようなことは……」
 ジュリアスにも判っていた。ふたつの宝飾品を見て、つい結論を急ぐあまり、オリヴィエに対して隙を与えてしまったことを。覇王ならば、オリヴィエに、どうするかなど尋ねなくても良かったのだと。それでも……。
「それでも、私はこの者の意思を尊重したいのだ。同じ金の髪を持つ者として。いや……確かめたいのは私自身の心かも知れぬな……」
 ジュリアスは軽く笑うと、オリヴィエを見て、言葉を繋げた。
「配下に置くのではなく同盟国扱いにと申すのだな? 遠路はるばるやってきたクゥアン軍にとっては、得る物がなくては、大きな損害になると思わぬか?  我が国に何を差し出す? 金山か? 良木の多い森か?」
「ワタシは、貴方と行動を共にします。金の髪を持つ者の利用価値は貴方もご存じのはず。それで充分では?」
 卑屈になってはいけない、決して下手に出てはいけない、自分の価値を相手に認めさせるのだから……と、オリヴィエは思いながら、精一杯、自信に満ちた顔と声で、そう言った。
「そなた自身が人質……戦利品という訳か。利用価値? では私はそなたを利用しても良いというのか? 自分を売るとそなたは言うのか?」
 ジュリアスの方も、あっさりとは引かずに言う。
「利用価値……今更なことです。ただ……今は、国ひとつが掛かっている。その為に利用されるならば本望です。それに……」
 オリヴィエはそこで微笑んだ。
「何だ?」
「ワタシは貴方という人をまだよくは知らない。けれど、ワタシの意思を尊重したいと仰った人が、どのようにワタシを利用なさるというのでしょう?」
「その気になれば、いかようにも」
 そう言ったジュリアスの言葉を、オリヴィエは、まだ微笑みながら聞いている。
“そうさ、必要とあらば貴方は冷酷になれる人だよ。兄様に、剣を振りかざした時のように。王として成すべきだと判断した時はね。けれど、私欲の為にワタシを好きにしたりは出来ない人だということは、もう判ってる……”
 オリヴィエはそう考えながら、真顔に戻った。
「今、モンメイを配下に置いてしまえば、貴方が西に行く時に、不利になる」
 オリヴィエがそう言うと、ジュリアスは、ニヤリと……笑った。
「そなた……そこまで先読みするか?」
「兄様は、貴方の留守に必ずモンメイを取り返そうとする。いや、取り返すだけでなく一気にクゥアンまで攻めようとするかも知れない」
「同盟国にしておいても私の留守にクゥアンを攻めるかも知れない。ならばいっそ、すぐに処刑してしまう手もある」
 クゥアン兵に城が占拠されている今ならば、モンメイ王族を処刑してしまうことなど造作もないとばかりにジュリアスは言った。
「では、ワタシは山裾に広がる森林に火を放とう。良木が失われるように。西に行くための造船が著しく遅れる」
「随分と悪辣な敵の討ち方だな」
「それに、兄様は義に固い男……一旦結んだ契約を自分から反古にしたりすることはない、貴方の留守中に、他の領土の者が、謀反を起こさぬよう、頼んで行けばいい……どこの誰よりも、兄様は、貴方に近い王だ から信頼できる」
 この様子をオスカーは見守っている。話の内容は、国同士の思惑を計りにかけたものであるが、二人の言い様は、軽やかでまるで言葉遊びをしているようだった。
「ふふ……いいだろう。そなたの申し出を受けよう」
 ジュリアスは、穏やかに言い、やり取りに終止符を打った。
「本当に……。ありがとうございます」
 オリヴィエは、今までとは打って変わった殊勝な態度で、頭を下げた。
「オスカー……私は甘いか?」
 ジュリアスはオスカーに尋ねた。
「覇王……にならずとも良い……のですね?」
「もう私は既にこの地を征した。私はいずれ準備が整えば西へ行く。留守の間でも国が揺るぎなきようには手を打つつもりではあるが、モンメイは広い。 オリヴィエ様の言う通り、あの王の事だ。私が留守と知ったら反乱を起こすやも知れぬ。むしろ同盟国としてある方が、得策のようにも思える」
「はい、では、すぐに同盟の為の誓約書を、文官に用意させます。制約書に、特に盛り込みたい要項があれば後で追記させますが……」
 今度は、ジュリアスとオスカーのやり取りを、オリヴィエは黙って聞いていた。ジュリアスには、モンメイを脅威と見なしている風がない。反乱を起こすかも知れないとまで言いながら、それを案じている様子ではないのだ。まるで悪戯盛りの子どもを、ある程度までは好きにさせておく大人のような余裕が感じられる。
“兄様がよっぽど頑張らない限り、同盟国とは名ばかりのものになるだろう” 
 オリヴィエはそう思いながらも、モンメイの国が存続することにこだわっている自分自身に驚いていた。
“モンメイなど、どうなっても良いと思っていた。戦乱に混じって何処かに逃げようとすら思っていた……けれど……”
 オリヴィエが黙り込んでいるのに気づき、ジュリアスは彼に問いかけた。
「昨日、葬儀の合間に、そなたのこの城での立場について少し聞き込みをした。大切にはされていたようだが、自由はなかったと見える。そんな扱いを受けていたのに、何故、モンメイ存続を希望するのか 、今一度、聞いておきたい」
「ワタシを自由にさせなかった父王はもういません。兄はワタシの存在を疎んじておりますが、あの人は、王としては立派な人です。それに形はどうであれ、ワタシは……モンメイ人です……」
 オリヴィエが、きっぱりと言い放ったのは、兄が立派だというところまでだった。モンメイ人であるけれど、あの首飾りの出所が“西”だというのなら、自分は本当は、どこのものなんだろう? それが頭に過ぎり、些か最後の方は小声になってしまったのだった。
「そなたの兄上、モンメイ王の人柄については、私にも判る。真に王らしく立派な人である」
「ありがとうございます」
「では、私はこれからリュホウ殿の元に出向くとしよう。オリヴィエ殿、これを」
 ジュリアスは、例の首飾りを、オリヴィエに手渡した。
“これが西の大陸のどこかで造られたものなどとは思いもしなかった……”
 二千年前から存在するというジュリアスの持つ石と同じ金枠の宝飾品……、ジュリアスからそれを受け取りながらオリヴィエは、その重みを改めて感じていた。

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