第三章 7

 
 モンメイ城の主塔の中、大広間の前にある水時計が、月の刻を示している。だが城内のモンメイの騎士たちは、王の通夜の為に眠ってはいない。女たちはクゥアンの奇襲があった時に、いち早く避難させられていたので、 人手が足りず、身分の低い兵士たちが、借り出されて行っている。慌ただしく動き回るモンメイ人たちを、クゥアンの兵士たちが、じっと佇んで見守っている。
 オスカーは、城内を一回りした後、大広間前で警備している仲間から報告を受けていた。
「異常ありません。リュホウ様より、騎士の皆様に、客間を開放すると連絡がありました」
「それは有り難いことだな、ま、当然といえば当然だがな」
 勝者はクゥアンであるから、客間のみならず、城全部を、明け渡すよよう命令できる立場にある。それをしないのは、王の葬儀が終わるまでは……というジュリアスの配慮である。
「モンメイでも、騎士に対しては礼を尽くすようですね、酒と食べ物も届いています、あ、もちろん毒味は済んでいます」
 一般の兵士たちは、城の回りに野営を張っている。騎士は、王族の次に名誉ある者とされており、兵士との差は歴然としていた。
「後少ししたら交代になりますから、私は今しばらくここにいます。オスカー殿は、どうぞ仮眠をお取り下さい。そこの通路を左に入った廊下伝いの部屋が全部、客間なので開いている部屋を自由にご使用ください。けれど、部屋数が足りず一部屋に数台寝台が入っていて、どなたかと同室になってしまうのですが」
「そうか。クゥアンの騎士は多いからな。では少し休ませて貰うぞ」
 
 オスカーは、用意されてある客間に向かった。モンメイ城は、クゥアン王都にあるジュリアスの城に比べれば、石造りの簡素な城ではあるが、そこかしこに水時計、日時計が設置され、下水道などの設備もよく整っている城だった。農耕に適した平原の多いクゥアンとは違い、山裾に位置し、荒野の多いモンメイでは、作物を作るのにも技術と努力を要する。辺境の粗野な国という噂よりは、ずっとモンメイは、発達した国だと、客室の続く廊下を歩きながら、オスカーは感じていた。
“ジュリアス様は、一番奥の部屋だな……”
 廊下の突き当たりにある部屋は、他の部屋よりも間口も広く豪華そうだった。飾り柱の陰に兵士が立っていることからしても、ジュリアスが休んでいる部屋に違いなかった。その兵士がオスカーの姿を見て、駆け寄ってきた。
「どうした?」
「ジュリアス様より言伝です」
「何だ?」
「オスカー殿が来られたら、よければ私の部屋を使うようにと仰っていました。用意された部屋数では、騎士の数の方が多いので寝台が足りず、少しでも皆が多く休めるようにとの配慮です」
「なるほど。有り難いお心使いだ。ではそうさせて貰おう」
 オスカーは、ジュリアスのいる客間の扉を開けた。そこはまず小部屋になっていて、椅子が一脚だけ置かれている。側仕えが待機するための部屋のようだった。奥に続く扉を開けると、そこは、いくつかの椅子が置かれた応接の間になっていた。奥にもう一つ部屋があるが、それは寝室のようだった。
「ジュリアス様、お言葉に甘え、参りました」
「オスカーか、ご苦労であった。城内の様子はどうだ?」
 ジュリアスは読んでいた本を置き、彼に尋ねた。
「はい、葬儀の用意でモンメイ人たちは慌ただしくしております。不審な動きはありません」
「うむ。そなたも疲れたであろう。奥の寝所で休むといい」
「ジュリアス様は? もう月の刻を回っていますよ」
「それが目が冴えて眠れぬので、モンメイについて書かれた歴史書を持ってきてもらったら、これがなかなか興味深く、よけい眠れなくなってしまった」
 ジュリアスは、手元の本をオスカーに見せた。
「歴史書なのに、随分と薄い本ですね?」
「リュホウから見て祖父にあたる所から始まっているので、三代分の歴史しか書かれていない故」
「ああ、なるほど。クゥアンの二千年の歴史書とつい比べてしまいました」
「モンメイ国としては三代分だが、この地は、少数部族の自治区が多くあり、たいそう古い歴史があるようだ」
「それを統一し、ひとつの国にしたのがモンメイの祖、リュホウ様の祖父なわけですね。リュホウ様とよく似ているそうですよ」
「ほう?」
「城の見回りをしている兵士たちから聞きました。連中、早耳ですからね。王が死んだのに、たいした騒ぎにもならず収まっているのも、先代よりはリュホウ様の任が厚いからだとか 。それと、あのオリヴィエ様とリュホウ様は仲が悪いだとか……」
 それを聞くと、ジュリアスは腑に落ちない顔をした。
「仲が悪い? だが、あの時、身を挺してリュホウを救おうとしたではないか?」
「そうですね。俺もそこらあたりは、本当の所どうなんだろうか、と思うんですが、血縁関係はないですし、本当の兄弟のようではないという意味かも知れません。あのお二人は、城下の者たちにはかなり敬愛されているようですよ」
「うむ。リュホウという男も、あのオリヴィエという者も、真に王族として相応しい気質の持ち主と見た。征したとはいえ、礼を尽くしてあたらねばならぬ」
「ですが、生ぬるいことではまた反逆に出たりはしないでしょうか? モンメイ人は一度受けた屈辱を決して忘れない、などという諺すらありますよ」
「そうだな……だが、先代の時代に一応は結んであった同盟国協定を、反古したのはモンメイ側。境界線上とはいえクゥアン領となっていた地域の金山に手を出したのも向こう。先王がしたことであるから、あのリュホウなら逆恨み……などと言うことはないように思うのだが。いずれにせよ、葬儀が終わった後、あの二人とは話がしたいと思っている」
「では、クゥアンにお戻りになるのは、早くて明後日というところですか?」
「ここからクゥアンの道程を考えるとあまり長居も出来ぬからな。とりあえず私は明後日には発って、こちらに送りこむ人員の事なども、元老院と相談せねばならぬ。私と帰る者、残る者の人選を頼む」
「承知しました」
「ああ、すまぬな。疲れているのに話しに付き合わせてしまった。私の事は気にせず、休んでくれ」
 ジュリアスにそう言われて、少し考えてからオスカーは、部屋の片隅に置いてある長椅子に移動した。
「ここで休みます」
「奥の寝所を使うといい。寝台は二つ入っているので私への遠慮は無用だ」
「いえ。少し横になったら、他の者たちと交代してやらねばなりませんから。あまり寝心地が良いと起きられません」
「そうか……では、私はきりの良い所までもう少し読んでから休むとしよう」
 ジュリアスは再び、モンメイ歴史書を手に取った。オスカーは長椅子に横になり目を閉じた。今日一日にあった事が次々と脳裏に甦る。

 あの時、リュホウの頭上に剣を振りかざしたジュリアスの姿が思い出された。何人も近寄りがたい雰囲気に圧倒される。今、そこに座って静かに本を読んでいるジュリアス様とは別人のようだ……とオスカーは思う。ここ数年、クゥアンの騎士として仕えてからは、そのようなジュリアスを目の当たりにすることが幾度もあったから、もう慣れてはいるが、初めてそのようなジュリアスを見た時は、随分、打ちのめされてしまったな……とオスカーは思う。
 初めて見た時……。オスカーの脳裏には懐かしい故郷の牧場が広がっていく。  
 
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