第三章 6

 
  「お待ち下さい! ワタシは、ワタシはここにおります!」
 思考よりも先にオリヴィエの体が、反応していた。ジュリアスの剣の先が、キラリと光ったその瞬間に。ジュリアスの乗る馬の足下にオリヴィエは、飛び出し平伏した。さらさらとその髪は風になびく。クゥアン軍から、どよめきが上がった。
「本当だ……ジュリアス様と同じだ」
「ジュリアス様以外の金の髪を初めて見た……」
 小声で言い合う兵士たちを一喝したのはオスカーだった。
「静まれ!」
 その声に、辺りが、しん……となった時、オリヴィエはゆっくりと顔を上げた。そしてジュリアスを見た。オリヴィエは、ジュリアスの美しさに驚いた。物心ついてから、自分よりも美しい顔を見たことがないと思っていた。愛らしい顔や、良い顔をしている者は何人かは知っているが、美しいとなると誰もいなかった。今、目の前にいる男は、自分と同じくらい、もしかすると自分よりも美しいかも知れない……、そう思いながら、オリヴィエは 、目の前の男の顔を見続けた。ジュリアスもまた、オリヴィエを見ていた。自分以外の金の髪を持つ者を見るのは、ほとんど初めて、と言ってもよい。母親は、ジュリアスが五歳の時に、流行病で死んでいたから、朧気な記憶があるだけだった。金の髪や目の色以外に何か自分と共通点はないか……ジュリアスはオリヴィエの容姿を見て思う。
“……何かを感じる…そうだ、まだ少年の頃、オスカーと出逢った時のような……この者とも長い付き合いになるのかも知れない”

 ジュリアスは、オリヴィエに言った。
「ほう……、真に見事な金の髪である、私は、そなたに聞きたいことがある」
「では、兄の命は? モンメイの行く末は?」
 まだ兄の頭上にある剣を見て、オリヴィエが言うと、ゆっくりと剣の切っ先が、回転し上を向く。そして止まる。だが、きちんと言葉を貰うまでは油断はできないとばかりに、オリヴィエは 、ジュリアスに強い視線を送った。
「そなたの兄の命は、今、しばらく保留としよう。私とて無益な殺生はしたくない。だが、いずれにせよ、クゥアンから、適任者を派遣し議会をここに置く。そなたの兄はその一員ということになる」
 ジュリアスはそう言い放ち、剣を収めた。
「ならば殺せ。傀儡だけの存在に何の未練があるか」
 オリヴィエの背後から、兄の声が響いた。
「兄様、生きてこの地を治めねば! 余所から来た者に、この過酷な荒野の続く国を開拓し育てていく術……、術はあっても気力があるとは思えない。せっかくお祖父様がひとつにまとめ上げた国を、また散り散りにしてしまうわけにはいかないと、常、言ってたじゃないか。兄様なら傀儡にはならない。例え、家臣が全員クゥアンの者になっても」
 オリヴィエは本当にそう思っていた。自分には事ある事に辛く当たってきた兄ではあるが、豪傑といった風情の彼は、大らかで曲がった事を嫌い、前王よりも尊敬できる人物であったし、人を惹きつけるカリスマ性があった。兄に言うだけ言うと、オリヴィエは、再度ジュリアスの方を向き直った。
「ワタシをご所望でしたらば、いかなる所でも着いて行きます」
 決意を込めたオリヴィエの声が響いた。
「わかった。仔細は追って指示するが、モンメイ王リュホウ、そなたは全てのモンメイ軍に、この戦の終結を宣言し投降させよ。それと前王の葬儀を許す。主だった騎士と王族には監視を付けるが承知せよ。オスカー、一旦、引き上げる」
 ジュリアスは、そう言うとオリヴィエとリュホウに踵を返した。
「勝利の鐘をうち鳴らせ。城の一角に駐屯地の用意をせよ。付近の民だけで良いから集めて、クゥアンの勝利の目撃者とさせよ 。兵たちにはくれぐれも城下で、恥知らずな野蛮な真似をせぬよう。ジュリアス様の御名を汚さぬようにと伝えろ」
 ジュリアスの横の控えていたオスカーが、てきぱきと叫んだ。それを聞いた兵士たちが勝利のラッパを吹き鳴らしながら、四方へ散る。鐘が鳴り始め、ポツリポツリ……と人が集まった。兵士に追い立てられてやって来た者、鐘の音を聞いて戦いに決着がついたと知り出てきた者、やがて城前は、かなりの人数になった。リュホウとオリヴィエは、クゥアン兵に取り囲まれ、城の中にはいるように促された。
「兄様……出すぎたことをして申し訳なかったね……」
「もういい……そのまま逃げてしまえば良かったものを……自ら捕らわれに出てくるとは、馬鹿なヤツだ。じき日が沈むな……明日の朝一番に、父上の葬儀を執り行う。 近隣の領土にも通達せねばならんな……お前も、早く葬儀の支度をしろ。いつまでもチャラチャラした色の衣を着るな」
「葬儀にワタシも参列していいの?」
 城中以外の人間が集まるような目立った場所に、オリヴィエは参加を許されていなかった為、そう兄に問うた。
「ふ……たとえ短い間であってもな。俺はモンメイ王であり、お前は第一王子だ……そのお前が出ないでどうする、つまらん事を聞くな。後宮に残っている者どもに、葬儀の用意をするよう伝えろ」
 リュホウは、オリヴィエに背中を向けて言った。
「兄様……」
 オリヴィエは、兄の大きな背中に向かって呟く。
「何をしている、早く行け」
 リュホウは、振り返ることなく言った。その声が、僅かに掠れていた。
 オリヴィエの監視役の敵の兵士が、少し苛ついた様子で、オリヴィエたちに、そろそろ中に入るように、剣の先を向けて、再度、促した。
「ワタシたちに指図するんじゃない、兵士ごとき分際で。例え敗者であっても、王族には礼を尽くすよう言われてないのか?」
 オリヴィエは、兵士の剣を払いのけた。その拍子、彼の手の甲から鮮血が散った。それを物ともせずに、ぐいと兵士に詰め寄り、引かせると、オリヴィエは冷ややかな視線だけを残して、 兄と共に、王の間のある主塔に向かった。
「もうすぐ日が落ちる。今夜は、山おろしの風が冷たい……」
 オリヴィエは隣に歩くリュホウに向かって言った。
「ああ。モンメイの夜は冷えるからな。こやつら思い知るがいい」
 鼻先で嗤ったリュホウの声に、オリヴィエは安堵した。この人がいる限りモンメイは、大丈夫な気がすると思った。誰にでも、そこに自分が存在しなくてはならない、かけがいのない居場所があるはず……とオリヴィエは思う。リュホウこそは、モンメイの大地、この石作りの 無骨な城に相応しいと思う。ならば……ワタシの相応しい場所は何処なのだろう? とオリヴィエは自問する……。

■NEXT■

 

『神鳥の瑕』TOP