第三章 2

  
「クゥアン王国のある中央からみれば、男も女も丈夫なだけがとりえの田舎者と罵られ、たとえ身分のある娘であっても、中央の国には嫁ぐことさえままならぬこともある有様だ」
 王は忌々しそうにそういうと、ぐぃと酒を煽った。
「豊かな黒髪や豊満な体、モンメイの女のどこが美しくないと言うんです? ひょろりとした中央の女なぞ、抱いても面白くない」
“それはそうかも知れないね……”
 リュホウの言葉に、オリヴィエは心の中で頷いた。側仕えの中に、中央地域の国の血が混じっているものがいる。スラリとして上品な顔立ちをしているが、どことなく愛嬌に欠けているとオリヴィエは思う。
「体つきのことだけではない。目鼻立ちや身のこなし、悔しいことだが、やはり中央の人間には洗練された所があるのだ」
「ならばさっさと、オリヴィエと、あの我が儘娘を婚姻させなさい。その美しい血とやらの混じった利用価値のある赤子を、生ませれば良いでしょう」
 リュホウは、まるで道具を作らせるようにそう言った。
「ジャンリーは今年で十六……。クゥアンとの戦いが無ければ、収穫祭の頃に、と思っていたのだが……」
 ジャンリーは、モンメイ王が寵妃に生ませた姫である。王は三人の子を持っていた。正妃の子である長子リュホウ、血の繋がりのない養子のオリヴィエ、そしてジャンリーである。
 やはりジャンリーが相手か……と、オリヴィエは溜息をついた。男同様、モンメイの女も、頑丈な骨格と黒い髪を持つ。人の美としての基準をオリヴィエのようなものに置くならば、モンメイ人の容姿は美しくないと言うことになる。しかし、はっきりとした顔の輪郭や意思の強そうな目など、いわゆるいい顔をしている者が多いと、オリヴィエは思う。 特に女性は、大らかな優しい雰囲気がそれに加わっており、愛らしいと思う下働きの若い娘を何人もオリヴィエは知っていた。だが、ジャンリーには、そんなモンメイ人の良い所が一切ない姫だった。 顔立ちそのものは、モンメイ人らしく、しっかりと整ってるのに、中央の国風に感化され、無理矢理、細身の衣を纏うために、食事を制限したり、訳のわからぬ塗り薬で肌の色を変えようとしている。寵妃の子とはいえ、王の唯一姫という立場から、我が儘放題に育てられていた。オリヴィエとは一応、兄と妹という関係になるのだが、もちろん血縁は一切なく、彼女 自身、美しいオリヴィエは 、自分の為にあるということを自覚しているだけに、よけい始末が悪かった。
「ジャンリーが、オリヴィエの子を産んだ後は、右将軍の姫を……と考えている」
 王は静かに言った。右将軍とは、王族の次の位置にある役職のことで、主に国庫を預かっている。モンメイでも一番の家柄であった。
「何! 右将軍の姫……は、私の……私の許嫁では? 生まれる前からそう決められていたはずでは? お前、この事を知っていたのか?」
 リュホウは、オリヴィエの襟首を掴んで問いかけた。
「知らない。そんな姫など顔すら知らない」
 オリヴィエは、兄の手を、軽く払いながら答えた。
「待て。……向こうがそう望んできた、ぜひにと」
 王が言うと、リュホウは持っていた杯を投げ捨てた。
「この国の次代である私より、拾い子であるこれを望むと言うのか?」
「所有する金山を持参金にくれるそうだ。我が王族にとっては悪い話しではない。子さえ生まれれば、オリヴィエはこっちに戻してくれるそうだ。金の髪の言い伝えは本当だ。クゥアン王族がそうであるように。あのジュリアス王の祖先も金の髪を持つものだったと聞く。ジュリアスが生まれてからは特にクゥアン は栄え、領土を広げて大きくなって行った。ならば、同じことが我が一族に起きても何も不思議なことはない」
 王はそういうと、リュホウに機嫌を直すべく、新しい杯を渡した。リュホウはその杯を受け取りはしたものの、酒には口を付けず、盆の上に直ぐに置いた。
“王ともあろうお方が、金山の持参金に心を動かされるとは……父上には、目先のことに惑わされ、小心な所がおありになる……”とリュホウは、心の中で嘆く。
「ワタシはそういう価値しかないんだよ……兄様。貴方はこの国を引き継いでいく大事な人だけれど、ワタシは、ワタシの血が入った子さえ生まれればそれでいいだけの存在なんだ。男としてどっちがいい?」
 後宮育ちの柔らかい物言いで、オリヴィエは静かに言った。
「お前、自分の存在が恥ずかしいものだと思っているのか?」
 オリヴィエの悲しげな声に、リュホウはハッとして項垂れていた頭を上げた。
「恥ずかしい……ってことはないよ。ただ、こんな生き方だけしかできないのかな……と思うだけ。利用されるより、利用する側にも回ってみたいと思う時もある。例えばジュリアス王、彼はワタシと同じ金の髪を持つ者だけれど、あんなに自由でいる。その金の髪故に、誰かに利用されることを怖れるでもなく、彼は利用する側の人間だもの」
 オリヴィエがそういうと、リュホウは立ち上がり窓辺まで歩いた。夜襲を怖れて鎧戸が固く閉ざされてはいるが、ほんの少しの隙間から冷たい風が流れて入ってくる。それに当たりながらリュホウは、静かに言った。
「私の時代になったなら、一族の繁栄を、お前の力など借りなくてもいいほどにしてやる。モンメイの男は皆、力強く逞しい。どこよりも強固な軍が作れるはずだ。自由になどいくらでもさせてやる、お前など出ていけということだ」
 オリヴィエは、兄の声の中に、怒りを通り越した悲しみのようなものを感じた。兄の真意が別にようにあるように感じて、それを問おうとした時、父王がそれを遮った。
「だが、今はまだ儂の時代だ。これから戦火は激しくなる。場合によっては、王都が戦場と化すだろう。オリヴィエ、常に皆に言葉をかけて、志気を上げてやってくれ 。だが、決して怪我のないようにな」
「はい……」
 王の言葉に、オリヴィエは生気のない返事をした。オリヴィエの溜息に、王は気づかず、彼に酌をするように手振りで促す。いつもなら渋々ながらも従ってきたオリヴィエは、それに気づかぬふりをして立ち上がると、側にあったマントを羽織り、部屋から出た。王の舌打ちが聞こえ、兄が酒を注ぐ気配がした。
 “共に戦えと言われ方が、どんなにマシだろう……”
 オリヴィエの心に虚しさが広がっていく…………。
 
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