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「どのような噂なのだ？」
「モンメイに……金の髪の者がいると」
「モンメイ？」
「はい、モンメイ王の第二王子がそうだというのです」
「モンメイ人は、黒い髪を持つ者ばかりと聞いたが？」
「第二王子は、王が狩りの途中に山で拾った者だというのです。金の髪を持つ者は一族に繁栄をもたらす……この言い伝えはモンメイでも同じ。王は彼を自分の養子として育てた、と」
「しかし、辺境の地とはいえモンメイ王家にそのような者がいれば、それなりに公式の場にも出てこよう。もっと人々の噂になっても良いはずだが？ モンメイ王族の写し絵を見たことがあるが、そ
のような者の姿は描かれていなかったぞ」
ジュリアスは、モンメイに関する記録書を思い出して言った。
「その旅の商人は、他の国から仕入れた布地を売る為に、後宮に入ることを許されたというのです。その時に下働きの者が話しているのを盗み聞きしたとか。モンメイには、少数民族からなる小さな自治区もたくさん点在しています。本当に金の髪を持つ者ならば、欲しがるものは多い。ほとんど外に出さずに育てたとしたらありえる話です」
「作り話にしては良くできている気もする。確かめる価値はある。……どの道、モンメイには既に部隊を送ってある。各部隊は、七日後には、モンメイの国境を越えるはずだな……」
ジュリアスは独り言のようにそう言った。そして、ふいにオスカーに尋ねた。
「そなたの母君の髪の色は、やはり赤か？」
オスカーの髪を見ながら、ジュリアスは言った。
「ええ。母親は赤毛です。とは言ってもこんなに赤くはありません」
いきなり何を？ と思いながらオスカーは返答した。
「髪の色は遺伝による。金の髪を持つものはこの地では、民の種類として存在しない。初代王は、金の髪を持っていたが、その妃は、そうではなかった為、生まれた次代の子の髪は、金ではなく薄い茶だったとこの歴史書には記されている。その次ぎの子は、もっと濃い茶、髪の色は、だんだんと濃くなっては、たまに金に近い色の者も、何かの拍子に生まれたという」
ジュリアスは、手元の歴史書をパラパラと捲りながら言った。
「俺の目の色がそうですよ。両親の目の色は、薄い茶ですが、俺の目の色は、曾祖父と同じだそうです。もっと遡るとまた誰か、こんな目の色の者がいたと記録にありました。遺伝とは面白いですね、何世代か後に出たりするらしいです」
オスカーの瞳の色は、薄い青である。赤毛自体は、この地にあって珍しいものではないが、青や緑の目は珍しいほうになる。
「私は不思議でならぬことがあるのだ。私のこの容姿は、黒髪などの濃い色の者が大多数の中では随分異質だ。天からの使いなどと言われてはいるが、もっと違う何かを感じるのだ。瞳の色だけ見ても、そなたのような色の者もいる。聞けば、大抵、祖先がそうであったと言う。神話の時代の名残であるとか、天の悪戯であるとか言うが、そのような曖昧な理由でなく、何か我々の知らぬところで確かな答えがあるのではないか……そういう気が私はしている」
「ジュリアス様が、金の髪を持つ者を、探しておられるのもその答を知る為……」
「ああ……私の母も金の髪を持つ者で、捨て子だったという。それと、私の祖先、クゥアンの太祖の生まれがはっきりしない。……もしかしたら、彼も捨て子だったかも知れぬ……天からの使いと良いように書かれてはいるが、二千年も昔の事だ」
「モンメイの王子……彼も捨て子だという……」
オスカーはこの偶然を、口に出した。ジュリアスの瞳は、何かの意思を秘めたように固く閉じられ、そして、ゆっくりと開かれる。
「逢ってみたい。私以外の金の髪を持つ者、どのようなものなのか……。オスカー、私もモンメイに行くぞ」
「御自ら、出陣なさるのですか？ いままでも、隣国との戦いで出向かれることはありましたが、モンメイは、随分辺境ですし、モンメイ軍はなかなか手強いという情報も入っております」
“やっぱり行くと仰ったか……”と思いながら、オスカーは一応は、それを止めるような発言をした。
「そなたまで元老院の者たちのような事を言うのだな。私は、足手まといにはならぬだけの、騎士としての力は備えているつもりだ」
「もちろんです。馬の扱い、剣さばき、どれひとつ取っても、ジュリアス様に敵う者はありませんが」
「それは言い過ぎだ。少なくとも、クゥアン随一の騎士であるそなたがいるからな。そなたには敵わぬ」
「万が一ということがあります。戦場にあっては、第一騎士団や、俺がジュリアス様をお守りすることが困難になるかも知れません」
と言ってしまってから、オスカーは、しまった……と思った。
「守らずとも良い。敵に打ち勝つだけの力は私にはある。馬を走らせることにかけては、私はそなたよりも早い。細い剣ならば誰にも負けぬ早さで突いて見せよう」
ジュリアスは、些か、むっとしてそう答えた。それを聞いたオスカーの口元が、思わず緩んだ。
「何が可笑しい？」
「俺には敵わないと言ってくださった矢先の、その発言。矛盾していますよ、それではまるで、そなたには負けぬと仰っているも同然……」
オスカーのこういう揚げ足の取り方は、悪くない……いや、他の者ならば、決して揚げ足を取られるような発言などはしない。それだけオスカーに対しては、気を許して話している証拠なのだな……とジュリアスは思った。
「ともかく、守ってもらうべき存在ではない、ということが言いたかっただけだ。明日の朝一番にでも馬を飛ばせば、先陣が国境に入る頃には追いつくだろう」
「承知しました。明日の朝……ということは、元老院の皆様の了解を得ずに……ということですね」
オスカーは、ニヤリと笑いながら答えた。
「書き記したものを残す。それで良いだろう。そなたには申し訳ないな、視察から戻ったばかりだと言うのに」
「いいえ。モンメイに金の髪の者がいるとの噂をお知らせしたのは、俺ですから。きっとジュリアス様は自ら行くと仰る、その覚悟はしていました」
「その王子の話が、たとえ単なる作り話であったとしても、モンメイには初めて行く。祖父が訪れ、我が母を拾った……いや、賜った処だ。見ておけばよい記念になるだろう」
「ジュリアス様の母君の……なるほど……そうですね」
母を想うジュリアスの穏やかな口調に、オスカーは納得し、頷いた。だが、次の瞬間、ジュリアスは低い静かな声で呟いた。
「モンメイを落とせば、私は、この大陸の覇王となるのだな」
燭台の灯火がその時、大きく揺れた。ジュリアスの体から滲み出た波動のせいで。オスカーにもそれは伝わった。
“モンメイ……ここを配下に置けば、この大陸は統一される……その後、ジュリアス様はどうされるおつもりか……？”
“この大陸の全てを、クゥアン国とした時、私の中で何かが変わるだろうか？”
二人は、お互いの心の中の呟きを声には出さず、ただ蝋燭の炎を見つめて、想っていた。 |
