第二章 2


 オスカーは部屋に入ると、すぐにその場で傅き、儀礼に則り、腰に差していた長剣を、床の上に置いた。王への忠誠を表す為である。
「お預かりいたします」
 側仕えは、オスカーの剣を取り上げる。
「ご苦労であった」
 ジュリアスは、手にしていた書物をテーブルに置き、オスカーを迎えた。
「王に申し上げます。第一騎士団所属オスカー、北方より只今戻りました。おくつろぎの所、申し訳ありません。とりあえず報告を、お耳にだけは……と思いましたので、参上致しました」
 オスカーが、頭を下げたままそう言うと、側仕えは、しずしずと退室していった。跪いていたオスカーは、そこでようやく顔を挙げた。アイスブルーの瞳が、まっすぐにジュリアスを見る。この目が、ジュリアスは気に入っていた。恐れおののいて視線を合わすことさえも困難な者や、ひたすら媚びた微笑みを投げかけて来る者たちと違い、この男はいつでもまっすぐに自分を見る、今日もまた……、とジュリアスは思いながら、オスカーの話の続きを待った。
「儀礼はもうよいぞ。二人だけの席だ。まずはくつろぐがいい。その堅苦しい言葉使いもよせ」
 ジュリアスは、オスカーに椅子を勧めると、自らの手で杯に酒を注ぎ、彼の前に置いた。
「はっ、では……ありがとうございます。ああ、美味い……久しぶりだな、この味」
 オスカーは、ジュリアスの傍らの椅子に腰掛け、杯の酒を、一気に飲み干した。
「そなたの故郷の酒だ。おととい届いたものだ」
 ジュリアスは、笑いながら今度は容器ごと、酒をオスカーに渡した。
「いくら俺でも全部は無理ですよ」
「誰が今、全部飲めといった? 持ち帰っても良いという意味だ」
「じゃ、遠慮無く戴きます」
 このやりとりを元老院の連中が聞いたら目を剥くな……と、オスカーは思う。クゥアン国の王になんという物言いかと……。
“それでなくても自分は、ジュリアス様と馴れ馴れしいと疎まれているのに……”
 オスカーは小さく笑って、ジュリアスを見た。

 元はと言えばオスカーは、クゥアンから南に離れたホゥヤン国の軍人の息子であった。母方が牧場主であったためにそこで育った。ジュリアスの父の時代は、その国は、クゥアンとは同盟国であった ため、毎年、良馬を求めてジュリアスは、オスカーのいる牧場を訪れた。隣国の王子であるから失礼のないように……と散々言い聞かされ、そう接していたオスカーだが、次第に馬を介して 、年の近い二人の絆は強まっていった。 オスカーは、ジュリアスを尊敬できる兄のように慕い、ジュリアスの方は、馬の扱いに長けた一目置くべき友のように思い、毎年数度、逢えるのを楽しみにしていた。
 やがて、両国間の友好関係が崩れ、戦いが始まった。クゥアンが圧勝した後、ジュリアスは、オスカーにクゥアン軍に入隊するように誘った。オスカーの心に迷いはなかった。自国の王は、オスカーにとってはただの暴君であり、尊敬できる相手ではなかったからである。
 だが、父親はそれに良い顔をせず、オスカーは、一旦は故郷を捨てて国を出ることになった。そしてクゥアンにやってきたオスカーを、ジュリアスは、自ら直属の第一騎士団に置いた。
 以来、ジュリアスにとって気が許せる唯一の相手ともいえる位置にオスカーはいる。とはいえ、人前では、大国の王と臣下の者という節度を守り続けてはいたが。
 せめて二人でいる時は、あの頃のように、私を、兄のように思って接してくれて良い……それはジュリアスの希望であった。オスカーもそれに従い、尊敬の念を持ちつつも、あらたまった物言いはせずにジュリアスとの会話を楽しんでいた。
「酒瓶を放さぬか、誰も奪いはせぬ」
 ジュリアスにそう言われて、オスカーは照れくさそうに笑いながら、抱え込んだ酒瓶を置き、姿勢を正した。
「ジュリアス様、道中で聞きましたが、ガシュアル国の反乱の事。ご無事で何よりでした」
「だが、もう済んだことだ。王の独裁が続いていたからどの道、内乱は免れなかったと聞く。民もクゥアンの配下に入ることを嫌ってはいないようだ」
「そうですか。詳しい報告は後ほど部下から教えて貰うとして、……例の一件ですが……」
「うむ……」
 ジュリアスもオスカーが話し出すのを待っていたとみえ、穏やかだった顔付きが俄に引き締まった。
「金の髪を持つ者の噂、どうであった?」
「はい。やはり偽でございました。確かにその者、茶……というには髪の色が薄く、金に見えないこともありませんが、ジュリアス様を見知っている俺の目は誤魔化せませんよ。たまたまそういう風に生まれついただけかと。 その者の両親も、その血筋にもそれらしい者はおりませんし」
「そうか……」
「ですが地元では、金の髪を持つ者として、それなりに持て囃されておりました。そのまま捨て置こうと思ったのですが……」
 オスカーはそこで、言い辛そうにした。
「なんだ?」
「その者、自分は、ジュリアス様の遠縁にあたると嘯いておりましたので、一喝してやりました」
「なんと言った?」
「では、このクゥアン第一騎士団オスカーと共に参って、ジュリアス様の前で、その事を申して見よ……その程度の髪の色で金だとは、笑わせる。今後、金の髪と偽ったり、ジュリアス様の名を口にするような事があれば、その命はないと思え……と……」
 そう言ってからオスカーは、頭を少し掻いた。
「それだけではあるまい?」
「はあ……」
「どうした?」
「丸坊主にしてやりました……当分は偽りようがないかと」
 二人してひとしきり笑い合った後、ジュリアスは、ふと残念そうな顔をした。
「そうか……やはり偽か……」
「ですが、ジュリアス様、帰路に立ち寄った宿で、旅の商人から面白い噂を聞きました」
 オスカーは、いよいよ本題とばかりに身を乗り出して言った。

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