1926年4月1日 エイプリルフール◎
 
この物語は、『水夢骨董堂細腕繁盛記 1』の続きとしてお読み下さいませ。

 今日はエイプリルフールだ。上海育ちのリュミエールがエイプリルフールを知っているかどうかは、どうでもいい。とにかく今日は嘘をついても許される日だ。俺は自分に言い聞かせて、水夢骨董堂に向かった。今までリュミエールにコケにされ続けたが今日こそ目にモノみせてやると俺は気合いを入れた。
 俺は水夢骨董堂のドアを開けた。シリアスな顔をして、悲しそうなフリをして。

「いらっしゃいませ……何だオスカーか? しけた面してどーしたの?」
 とオリヴィエが言った。よしよし、しけた面に見えると言うことは、俺の芝居も捨てたもんじゃない。
「元気ないですね? 食あたりですか?」
 リュミエール、お前は優しいのかキツイのか、わからんヤツだ。だがそこがまたツボ。 俺は空いている椅子に腰かけた。ただし、いつものように反対向きではなく、ちゃんと前向きにだ。

「亜米利加に帰ることになった……」
 俺は深い溜息とともに、この言葉を言った。
「え?」
 リュミエールとオリヴィエは驚く。予定通りだ。
「急に……どうしたんですか?」
「親父の具合が悪い……と、連絡があった。勘当された仲だが、無視するわけにもいかん」
「そんなにお悪いんですか?」
 俺は黙って頷く。
「お見舞いしたらまた戻ってくるんだろ?」
 オリヴィエが言った。俺は、首を横に振る。
「……親父にもしもの事があったら、俺は妹や弟の事もあるし、もうここには……」
親父、ダシにしてすまん、と俺は心の中で謝った。

「いつ、帰るんですか?」
 リュミエールは悲しそうな顔をしている。それを見ると俺は心が傷んだ。
(いかん、惑わされるな、今までリュミエールにされた事を思い出せ。投げ飛ばされたのは一回や二回ではないぞ、思わせぶりな態度で誘われ店番だとか、荷物持ちに利用されたのは数え切れない……)

「明日だ……」
「えーっ、明日なの? 送別会も出来ないじゃない〜」
 オリヴィエが叫んだ。
「今から一緒にメシでも食おう、それでいいさ」
「それが、ダメなんだよ。ワタシたち今日、仕事があるんだ。仏蘭西倶楽部でオークションがあるんだよ。それに出入りするために、あっちこっちコネつけてもらったからどうしても欠席出来ないんだ」
 オリヴィエは困ったように言った。

(俺の仕事は探偵だぜ。お前たちが今日、はずせない仕事がある事は調査済みさ)
 俺はほくそ笑んだ。

「残念だな……仕方ないさ。上海最後の夜、一人で過ごすのも悪くない、しみじみと一人でこの街とお別れするさ……」
 俺は、一人……を強調し、寂しげに言った。
「オークションはワタシだけで行くよ。リュミエール、オスカーとご飯食べに行ってやりなよ」
 オリヴィエがそう言うとリュミエールも頷いた。
「いや、いいさ、俺の都合で商売の邪魔しちゃ申し訳ないしな」
「いいえ、わたくしご一緒いたしますから」
 リュミエールは断固とした口調でそう言った。

「そりゃ、俺は嬉しいけど……」
 俺がそう言うと、リュミエールは着替えてくると言うと奧の部屋に消えた。
「すまんな、オリヴィエ。お前も一緒だと、良かったんだが……」
「こっちこそごめん。仕事優先させちゃって。でも、落ち着いたらまたおいでよ。上海にさ」
「ああ」


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