霧が晴れてゆくように先ほどの辛い感情が消え失せたかと思うと今度は、穏やかな暖かい感情がトムサの意識を満たした。何とも言えぬ心地よさ。それは柔らかな日差しの中で微睡むような優しい意識である。その意識が無垢な生まれたての頃の記憶を引き出す。寄せては還る波間に漂う小さな命の意識がトムサを支配した。強い暗黒の意識から急激に変化した安らぎの意識のギャップにトムサは戸惑い、疲れ果てた。もはや、トムサには抵抗する意志はないようだった。クラヴィスはようやくトムサの首から手を放して、今度はトムサの手を取った。
「……今度は何だ? もういい……やめてくれ……これ以上、俺の心に触れないでくれ……これがアンタらのやり方か? こんな人の心を洗脳するような力がサクリアか? 兄貴もこんな目に……」
トムサは気丈にもそう言うと虚ろな目でクラヴィスを見た。
「ジュリアス、手を」
クラヴィスは側に倒れているジュリアスの手を取り、トムサの手の上になんとか重ね合わせた。
「これがジュリアスの光のサクリアだ……感じるがいい、宇宙を支える光のサクリアの力を」
クラヴィスにそう言われたジュリアスは力を振り絞った。ジュリアスの全てが指先に込められて、トムサに光のサクリアを注ぎ込む。
「ホーリー……シャ…イニング……アタック……」
ジュリアスはクラヴィスを見て、少し照れたように掠れた声でそう呟いた。
「これが……兄ちゃんを改心させた……聖なるサクリア……」
先ほどのような暗黒や柔らかな光や波間のハッキリしたイメージはなく、真白い空間に向かって落ちていく極めて曖昧な意識。
「お前は洗脳と言ったがそれは違う。罪の意識のない者や無垢なものには、このサクリアはただ眩しい光としか感じない。お前がこのサクリアによって変わる事があるならば、それはお前自身の罪の意識がそうさせるのだ」
ジュリアスに代わってクラヴィスは答えた。ジュリアスはその答えに満足し、笑顔をクラヴィスに返した。トムサは膝を抱えて、無垢な子どものように泣いていた。
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★ 表 紙 ★