「逃しはしない……」

 左の額から血を滴らせたクラヴィスがトムサを睨み付けた。流れ出る血がクラヴィスの左顔面に血の河を描き、据わった瞳が炎に炙られてギラギラと光っている。その形相に一瞬たじろいだトムサは銃口をクラヴィスに向けた。セーフティロックは先ほどジュリアスを撃つ為に外してある。トムサは夢中でトリガーを引いた。クラヴィスの長い髪をかすって銃弾は炎の中に吸い込まれ鈍い音を発てて壁に当たる。続けてトリガーを引こうとした時には、クラヴィスがトムサを突き飛ばした後だった。トムサの両肩はクラヴィスによって壁に押しつけられている。クラヴィスは右手をトムサの肩から外すと、その首を掴んだ。クラヴィスの指先に僅かだか力が入る。

「ぐ……」

 トムサは苦しそう呻いたが、その端正な顔はまだ笑っていた。

「ちょっとでも動いたらトリガーを引くぞ、俺を絞め殺そうとする前に、アンタの胸に穴が空くで」

 今度はトムサが銃口をクラヴィスの心臓部にピッタリと突きつけた。

「もうお前は銃の引き金は引けない……」

 クラヴィスはトムサを睨み付けるとそう言った。

「なんやて?」

 どうみても銃口を突きつけている自分の方が有利である。なのにクラヴィスの言葉にトムサは何故か背筋が凍り付くような恐怖を感じた。

「……これが私の司る闇のサクリアだ」

 クラヴィスの目の表情が変わった。穏やかな遙か遠くを見るような目に。

「な、なんや……」

 トムサは己の中に、得体の知れないモノが染み込んでいくかのような感覚を覚えた。怒り……悲しみ……憤り……感情というものを正負に分けるならば、暗黒に満ちた負の感情がトムサの心に満ちて行く。張り裂けんばかりの辛い感情がトムサを襲う。

「やめてくれ……こんな……」

 トムサの手にはもはやトリガーを引く力もなく、ダラリと腕を降ろした。全身の力が抜け、床にへたり込む。クラヴィスはそれでもまだ、トムサの首にかけた手を外そうとしない。

「今、お前が感じているのは、お前が殺した者の想いだ、欲しいものを手に入れる為にお前が蹂躙した罪もない者たちの死の直前の意識だ」

「う……うう」

 トムサは呻くが、その瞳にはまだクラヴィスに対する抵抗の色が見て取れる。

「さぁ、受け取るがいい、真実の闇のサクリアを……」

 


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