★コントロール・ルーム

「う、ううん……」

 薬が切れたマルセルは起き上がろうとしたが、まだ視界がハッキリせず、そのまま部屋の様子を伺った。マルセルが寝かされていた大きなソファの向こう、壁際に幾つもモニターが並んでいる。その前にトムサはゆったりと座り、珈琲を片手にくつろいでいる。

(逃げなくちゃ……)とマルセルは静かに体を起こした。ふと見たモニターにランディが映っている。ランディは背後を気にしながら走っている、別のモニターにはリュミエールがオリヴィエの肩を抱きつつ、瓦礫の中を歩いている。リュミエールも衣装の腕あたりが血で染まっている。ジュリアスとクラヴィスまでもが髪を振り乱し戦っているではないか、その姿にマルセルは小さな声をあげてしまった。

「なんや、ぼん。もうお目覚めか。もっと寝てた方がええで」

 トムサは椅子をクルリと回転させるとソファの上で驚いているマルセルに言った。

「リュミエール様もオリヴィエ様も怪我をしているじゃないですかっ、何をしたんですか!」

「見ての通りドンパチや。さっきいた部屋は最上階、ここは一階や。あいつらは、最上階からこの部屋と出口に向かって降りてるとこや。はよ、来んと最上階から順に爆発する仕組みになってる。もちろん道々には俺の部下が手ぐすねひいてて、なかなかスリル満点ちゅーわけや」

「どうしてそんな事をするんですかっ、おじさんのお兄さんは今は立派に改心してらっしゃるんでしょうっ、ジュリアス様たちを恨むなんて酷いなっ」

「俺はなぁ、子どもの頃から何でも一番やないと気のすまん性格でなぁ、兄貴を差し置いて、だいぶゴネたもんやった。親父が死んで後を継ぐ時、そんな俺の性格を知ってる兄貴は俺に後を譲ってくれたんや。俺は実は妾の子でな、そのせいで首都ルアン市やのうて、こんな田舎に住まわされとったんやけど、兄貴は、お前もこれからはルアン市の表舞台で組織を盛り立ててくれ……と言うてくれて……。そやのに、あのサクリア仮面たら言うアホがムチャクチャにしてしまいよったんや」

「ムチャクチャなのはおじさんの方だよ。悪い事しているのはおじさんたちじゃないか。麻薬を売ったり、罪もない人たちからお金を巻き上げたりしてるんでしょう? ずいぶんお金持ちだって聞いたよ、それなのに、まだ禁じられている毒花を栽培して私腹を肥やそうとするなんて!」

「言うたやろ、俺は何でも一番やないと気がすまんて。俺は宇宙で二番目の金持ちなんや。一番のヤツを抜かすまで承知せえへんのや。一番のヤツはチャーリー言うて、俺と同じこの地方の出身でな、初等科のチビのくせに高等部の俺にメンチ切るようなイケすかんヤツやったんや。俺よりも十も年下のくせにサッサと社長に収まりよって、それからはトントン拍子に会社大きしよって。それもカタギの商売でや。こっちがあくどい事してやっとこ儲けただけの金をまっとうに稼ぎよる。聖地御用達がナンボのモンぢゃ、気にいらん。アイツに負けてたら極道の名が泣くで」

 端正な顔とは裏腹な大人げないトムサの言い分にマルセルは溜息をついた。

「おじさん……、僕が言いなりになったらジュリアス様たちを助けてくれる?」

 マルセルはじっとトムサを見て言った。もうそれくらいしかこの人には取り付く島はないと。

「弱いなぁ、そんな風に言われるとついホロッとくるわ」

 トムサは立ち上がるとベッドの上に座っているマルセルの側に腰掛け、彼の顎をクイッと持ち上げた。マルセルは歯を食いしばって目を閉じた。

「……あ!」

 トムサの唇が重なってくるとばかり思っていたマルセルは、そのヒヤリとした布の感触に慌てて目を開けた。先ほど嗅がされた薬品の匂いがもう一度マルセルを刺激する。

「そんな取引せんでも、もう、ぼんは俺のモノや。何人の守護聖が生きて聖地とやらに帰れるかな……ははははは、それまでもうちょっと寝ててもらおか」

 トムサの乾いた笑い声にマルセルは悔し涙を流しながら再び深い眠りへと落ちていった。

 

「ボス、最上階、四階、三階は、ほぼ全壊状態です。ヤツらは今、二階のCポイントとDポイントの辺りです、次のご指示を」

 ルマクトーの元に部下の一人が伺いを立てに訪れた。

「こっちの死者は何人や? だいぶやられたみたいやけど」

「一人も死んでいません、皆、気絶させられたり、足や腕に怪我をしているだけです。爆破によって数名、重体になっているものがいるようですが……」

「ふん、人殺しはせんというわけか、お綺麗な事や。そやけど、これから先はそうはいかんで。装甲兵を出せ。それから二十分後に二階部分を爆破するようにセットしろ」

 ルマクトーは画面の向こうで今も尚、無事でいるジュリアスを見つめた。

 


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