★城塞島

(トムサ……トムサ・ルマクトー、やはりこの村は主星マフィアの……)

 ルヴァは言われるままに男とともに歩き出した。村立博物館の裏手は海になっており、ボートが一双繋いである。男は乱暴にルヴァをボートに乗せるとエンジンをかけた。

「あの城塞まで辛抱しな」

 海の向こう、すぐの所にルヴァが集めた資料で見た事のある城塞が海面から顔を出していた。引き潮の時は、なんとか歩いて陸からこの城塞に入れるが、満潮時には、完全に海の中に孤立してしまう為に罪人の流刑地として遙か昔に建てられたものだった。

 二人を乗せたボートはその城塞島を半周し、波の当たりの少ない船着き場らしきポイントに辿り着いた。スエットスーツを着込んだ男が数人、ボートを確認するとワイヤーを使って引き寄せた。

「例の、アレでさぁ、後はよろしく」

 と初老の男はそう言い、スエットスーツの男たちにルヴァを引き渡すとそのまま陸へと引き返して行った。

「あのー、何ですかね? 私はただこの地方の地層を見物しに来た者なんですがねー」なんとかとぼけてルヴァは言ったが、男たちは取り合わない。無言のまま、城塞の岸壁づたいを歩くと、鉄製の重厚な扉を開けてルヴァを中に入れた。

 城塞の中は奇妙な内装になっていた。壁面や天井部分はむき出しの岩や補強らしきコンクリートで、足下は海水が入り込むのかジメジメとして所々に水たまりが出来ていた。壁にはパイプが何本も走っている。所々に防犯カメラや何かのハイテク機器と直結しているらしいコントローラーが取り付けられている。おおよそ美的感覚とはかけ離れたその壁面伝いに少し行くと幾つもの鉄格子のはまった部屋があり、元牢獄である事を証明していた。

「早く歩け。ヒジカタ様がお待ちかねだ」

 スェットスーツの男はルヴァを後ろから小突いた。上の階に続く階段を上がると、そこは先ほどよりは少しはマシな造りになっており、足下には申し訳程度の薄いカーペットが敷いてある。牢獄らしき鉄格子のはまった部屋は見あたらない。代わりに粗末な鉄製の扉のついた部屋が幾つかあった。その中のひとつの扉をスエットスーツの男は開けた。部屋の中は街中のオフィスのような快適な空間になっていた。質のいい応接セット、コンピューターの置かれたデスク、植物まで飾ってある。フカフカした絨毯を歩きながら、ルヴァは少しだけホッとした。そのデスクの前には仕立てのいいスーツを身につけた明らかに下っ端ではない身なりの中年の男が座っている。ビジネスマン風の身なりではあるが、どことなくその筋の者という感じは拭いきれない。

「ヒジカタ様、連れて来ました」

 とスエットスーツの男は言い、一礼して下がっていった。

「ご足労かけましたな、どうぞお座り下さい」

 とヒジカタはルヴァにソファに腰掛けるよう勧めた。

「あのー、私は地層の見物に……」

 ルヴァが言おうとすると、ヒジカタはそれを遮った。

「ヘタな言い訳は無しにしましょう。貴方がサクリア仮面の息のかかった人物だともう判っているんですからな」

 顔は笑ってはいるが声の調子に凄みがあったのでルヴァは、言い訳は通じそうにないと観念し何も答えずにいた。ヒジカタも無言でじっとルヴァを見ていた。

「守護聖様といっても普通の人間とかわらんのですな、やはり雰囲気にはただならぬものがあるようですがな」

「!」

 ルヴァは驚きで声も出ない。サクリア仮面の息のかかった者と知れているのはわからぬ事ではないが、自分が守護聖だと知られているとは……。

 実際の所、主星では実はサクリア仮面は守護聖が関係しているのではないか? との噂は珍しい事ではなかった。守護聖の配下のものがサクリア仮面になっているらしいというのが一番有力な説だった。まさか守護聖自らが戦っているとは、畏れ多くて誰も考えてはいなかったのだ。

「生で守護聖様にお会いできると寿命が延びるとの言い伝えが本当だといいんですがな」

 男は楽しげに笑うと、ルヴァの前のソファに腰掛けた。

「私は守護聖などではありませんよ。あー、考古学が趣味のただの古本屋です……」

とルヴァはとりあえず取り繕った。

「ジムサ様がサクリア仮面にやられてからボスのトムサ様はたいそうお嘆きでしてな、ありとあらゆる手を使いサクリア仮面のデータを集め、分析し辿り着いた結果に間違いはないと思いますよ、世間ではまさか守護聖自ら……と思われているようですがね、貴方はデータから照らし合わせると【地の守護聖】様とお見受けしたが?」

 ルヴァは頭の中で、何故判ってしまったのだろうと必死で考えていた。お忍びで買い物や遊びに主星に行く事はたまにある。しかし守護聖として民の前に姿を現す事など滅多にない。

 毎年、主星首都ルアン市で開かれる初代女王陛下の聖誕祭に大聖堂を訪れ、女王陛下からの賜り物である聖地でしか穫れぬ木の実を司教に託す。司教はそれを選出された福祉施設に下賜する……といった行事がある。大聖堂の回りには何万という民が押し掛けるが、賜り物の受け渡しは大聖堂の奧中で密かに行われる儀式であり、実際に目通りが叶うのは大司教たったひとりだけである。司教からの言い伝えとして、光の守護聖様は輝くばかりの高貴さと美しい金髪の持ち主であったとか、鋼の守護聖様は利発そうな赤い瞳をされていた……などと言う事が漏れる事があっても、ハッキリとその人相が民に知れ渡る事など決してないはずなのだ。

「なかなか口の固い司教殿でしてな……苦労しましたよ」

 とヒジカタはルヴァの疑問に答えるかのように言った。

「ああっ……まさか……」

 ルヴァは数ヶ月前に司教が突然死した事を思い出した。年輩の司教故、心の臓の発作との報告書があがっていた。

「人聞きの悪い。司教様を手にかけるよう事はしませんよ、守護聖様の人相を事細かに話してしまった事の良心の呵責に耐えきれなかったのでしょうなぁ、お気の毒に」

「なんという事を……」

 守護聖の目通りが叶うほどの大司教が簡単に口を割るはずがない、どれだけの責め苦があったのだろうと思うとルヴァはショックで項垂れた。

「貴方たちは一体、我々をどうしようと……」

 項垂れたままルヴァは呟いた。

「さぁ、それはボスのトムサ様がお考えになっている事ですからな、直接お聞きになればいいでしょう。間もなく他の守護聖の皆様もここにいらっしゃるでしょうからな。貴方という人質がいるんですから助けに来ないわけにはね」

 ヒジカタはそう言うとルヴァの手首を乱暴に引っ張った。そしてカチャリと腕時計のようなモノを取り付けた。

「乱暴に扱うと爆発しますよ、不審な動きもしない方がいい。無理に外そうとすれば……」

 バン!と爆発を意味するような手振りをヒジカタはした。そしてデスクの上にあるスイッチの一つを押した。と同時に扉の向こうに控えていたらしい体の大きな男二人が部屋に入ってきた。

「この方を特別監視室にお連れしろ、丁重に扱え」

 ヒジカタの命令に男たちは、ルヴァの脇を有無を言わさず抱えあげて退室した。

 


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