★ノースウェスト地方スミス村

 一応は整備された幅の広い道の端に錆びた小さな看板がある。辛うじて【化石の宝庫・スミス村にようこそ】と読める。

 ターバンの代わりにハンティング帽を被り、考古学好きの旅人に変身したルヴァはその看板を確かめると、トボトボと人気のない街道を歩き出した。小さな湾沿いのその道の先をしばらく行くと、ポツリ、ポツリと人家が見え、さらにはガソリンスタンドやコンビニエンスストアが点在し、この村のメインストリートへと誘う。営業しているのかさえ判らないような古ぼけたレストランが建っている。今はまだ日が高いのでネオンは消えているが、バーのような店もある。村の入り口に立っていた今にも朽ち果てそうな看板を見たときは、少し不安になったルヴァだったが、気を取り直して【村立地層博物館】を探した。それはこの村のメインストリートから少し外れた海沿いにあり、薄汚れた外壁と海風に浸食されてもう二度と開ける事は出来そうない窓のサッシが、ほとんど来館者がない事を告げていた。ルヴァは中に入ると、【受付】と書かれた窓口の中の小皿に見物料の小銭を入れた。小銭の音に、新聞を読んでいた初老の男は慌てて顔をあげた。

「あー、ちょっと見せて貰います」

 ルヴァはそう言うと【見物順路こちらから】と書かれた壁沿い歩いた。初老の男は再び新聞に目をやったが、ルヴァが受付付近から見えなくなったのを確認すると、ゆっくりと立ち上がり入り口の鍵をかけた。そんな男の行動に気づかず薄暗い展示室の中をルヴァは熱心に見て回っていた。切り取った地層の実物断面を舐めるようにしてルヴァは見ている。

「これは古い地層ですね〜カンブリア紀、いやオルドビス紀くらいでしょうかね、こんなところにアンモナイトが埋まってますよ、あ〜ジュリアスにも見せてあげたいですねー。なるほど、塩基性炭酸銅がこの辺りの地層に含まれていたんですねー、だから地層の表面が緑色になっていたと……おや? やっぱりこの部分には孔雀石が含まれてますね、上手く切り出せばさぞかし見事な原石になりますねぇ、うんうん」

 ルヴァは独り言を言いながら地層の断層の解析に必死になっていた。とその時、先ほどの受付にいた初老の男がルヴァの背後に立った。

「あのですねー、ほら、ここの部分のこんな大きな孔雀石の原石は珍しいですよ、ぜひここを加工して貰いたいですね。私の生まれ故郷では孔雀石は幸福の印でしてね」

 ルヴァはニコニコとしながら男に話しかけた。

「ダンナ、欲しいんですかい?」

 初老の男はニヤリと笑うと、地層の展示物を顎でしゃくった。

「そりゃこれだけの原石ですからねー」

「ふん」

 と鼻を鳴らすと男はズボンのポケットから銃を取り出し、何の躊躇いもなくズバンと地層の展示物を囲ってあるガラスケースを撃った。薄いガラスは粉々になり、地層見本をもぶち抜いた。綺麗な縞の模様は無惨に崩れ、ただの土砂のようになったところから、男は孔雀石の原石と思われる部分を鷲掴みにしてルヴァに渡した。

「な、なんという事を〜」

「外したつもりだったんだけどな、半分くらい割れちまったかい」

「そういう問題ではなくてっ! 貴重な地層を〜。それにここは村立の博物館なんですよっ、ああ、どうしましょう〜」

 ルヴァは事の成り行きに動揺している。

「いいんですよ、ダンナ。この村は丸ごとトムサ様がお買い上げになったものなんだし、ここのガラクタはワシの好きにしていいんだ、どうせ近々、ここも取り壊すんだから。そんな事より、ダンナ、大人しくついて来て貰いやしょうかね」

 今度は銃口をルヴァに突きつけて男は言った。


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