序 章


 その男は紅い花の咲き乱れる丘に立っていた。時折、強い海風が吹きつけるこの丘の斜面いっぱいにその花は咲いていた。幾重もの花びらを纏った花は、良く見ると盛りを過ぎており、赤銅色をした一つ目の物の怪を思わせるが如く不気味な種をその内に宿していた。 男は、その種を摘み出すと細い指先で潰した。ザラザラした中に少し刺すような繊毛の感触を確かめたあと、今度は匂いを確かめるべく指先を嗅いだ。

(血の匂いがする……)

 男は満足そうに微笑むと、この丘の地面の下に眠る多くの屍たちの事を考えた。この丘を、いやこの小さな村を手に入れる為に自ら葬った、罪なき村人たち……。懺悔の気持ちなど微塵も無い……と男は思う。

 男は紅い花から、視線を眼下に広がる海へと移す。初冬の物悲しい色をした海の中に浮かび上がる黒い城塞島には、絶えず波が押し寄せて激しく打ちつける。繋いであった小舟は波飛沫に容赦なく濡らされ波に弄ばれて、ついには城塞島の岩肌に激突し無惨に砕け散った。 

(俺の計画の仕上げは……奴等をあの小舟のように……)

 男はそう呟くと、冷酷そうに嗤った。


第1章
表 紙