満月の夜。ジュリアスの家に伝わる指輪を不法に奪い去った相手、マクシミリアン家は主星の実力者でもあり大貴族である。その館に潜みながらサクリア仮面は月が雲の合間に隠れるその時を待っていた。

「このような豪奢な館に暮らしながら人の物を奪うとは、わからぬな貴族という輩は……」

 クラヴィス、いやサクリア仮面は呟くと、ソッと立ち上がった。既に屋敷の見取り図は頭に入っている、二階の東の端の部屋に主の私室がある。音楽の趣味があるらしく屋敷にいる時はほとんど、この部屋でクラシックを聞いているという。微かに、その音楽が聞こえてくる。

「案外、入りやすいな……」

 その部屋の真横に木々が生い茂っている、サクリア仮面は闇に紛れて幹から枝へと体を運ぶ。

その部屋の窓に乗り移ると、体勢を整え言う。

「サクリア仮面、見参っ」

 一瞬、館の主は唖然とし、すぐ様何か防犯ベルのようなものに手をかけようとする。が、窓から飛び降りたサクリア仮面の手刀にはじかれて無様に尻餅をついてしまった。

「指輪を」とサクリア仮面が言いかけた時、物陰から一人の男が飛び出した。

「!」

 サクリア仮面は、すんでのところで、その男の名前を口走ってしまうところだった。

「ご苦労であった、マクシミリアン殿は、もう下がられてよい」

「はい、ジュリアス様、後はよしなに……」

 館の主が去ってしまうと、ジュリアスは唖然としているサクリア仮面に向き直った。

「マクシミリアン殿と我が実家とは先祖代々、懇意にしている、そなたを捕まえる為に協力してもらったのだ、仮面を取れ、クラヴィスっ」

「謀ったな……ジュリアスっ、何故、私だと解ったのだ」

「私が忘れたと思っていたのか、サクリア仮面を。その名前を聞いた時に、もしやと思ったが確信はなく、罠を仕掛けたのだ」

「お前……覚えていたのか? サクリア仮面を……」

 クラヴィスは遠い目をして、ジュリアスを見た。

 

 もう、遙か昔……その日、主星は豊穣の祭であった。幼い二人の守護聖に息抜きをとの女王の計らいで、ジュリアスとクラヴィスは供の物に連れられて、祭を見物に主星に降り立ったのだった。

 広場で繰り広げられる様々な催しの中に子供向けのその芝居はあった。たわいもないものではあったが悪党どもとそれをやっつける正義の見方の芝居は、そういうものに飢えていた二人の心に焼き付いたのだった。聖地に帰った二人は、どちらからともなく先ほど見た芝居をまねて遊んでみた。

「先ほどの芝居では主星を守るスター仮面と言ってたが、ここは聖地なのでサクリア仮面にしよう」とジュリアスは言った。小一時間ほど、そうして二人は遊び続けた。その時側仕えの者が通りかからねば二人は、もっと長い間サクリア仮面ごっこを続けていたであろう。幾日にも渡って、飽きるまで。

「あら、ジュリアス様もやはりお子様ね」

「ふふ、あのように無邪気に、お可愛らしい事」

 ジュリアスはその時、落雷に我が身を打たれたように感じた。このジュリアスが、側仕えに馬鹿にされた……としか幼き心には受け取れたかったのであった。ジュリアスは側仕えに踵を返すと、そのまま館に戻り、以後一切このような遊びはしないと心に誓ったのである。

「そなた……いかようにしてサクリア仮面などと名乗りこのような事を?」

「少し前、リュミエールに誘われて主星の音楽会に出向いたことがあってな……その帰り、酔ったものたちに絡まれている女性に出会った……私は別にどうでもよかったが、リュミエールが助けてやって欲しいと懇願するので、渋々……。軽くあしらうつもりが、思いがけぬ乱闘になってな……まぁ、なんとか事は収まり、聖地に戻ったものの、私の中で何かが……はじけたのだ……あの日サクリア仮面として遊んだ日の事が心を満たした」

「それで、サクリア仮面となり主星を騒がせていたのか……自己満足の為に幼き日の満たされなかった欲求の為に」

「なんとでも言うがいい、私はサクリア仮面になることで、本当の私を見い出したのだ……どうするつもりだジュリアス、私を主星の警察に突き出すか?」

「ばかな……守護聖を突き出せると思うか、それこそ女王の沽券に関わる。マクシミリアン殿の口は封じておく、ただちに聖地に帰るのだな」


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