聖地・女王宮殿のパティオで、クラヴィスはリュミエールの奏でるハープの調べを聞きつつ、うたた寝していた。週末ごとにサクリア仮面として主星に降りるようになって数ヶ月、疲れがたまって来たか……もうそろそろ執務室に戻らねば、またジュリアスの小言を聞くことになるとクラヴィスは浅い眠りの中で思う。ふと、その調べが途切れ傍らのリュミエールが小さく「あ、ジュリアス様……」と呟いた。
「昼の休みの時間は、とうに過ぎている……リュミエール執務室に戻れ。クラヴィスには話しがある」
「クラヴィス様をお引き留めしたのはわたくしです。お叱りなら、わたくしも一緒に……」
「かまわぬリュミエール、下がりなさい、ジュリアスは私にだけ話しがあると言うのだから」
とクラヴィスはゆっくりと体を起こしながら言う。そうクラヴィスに言われてリュミエールは、ジュリアスに頭を下げて去って行った。
「そなた……このような場所でうたた寝とは、昨夜も星の観測をして起きていたのか?」
まさか、サクリア仮面として主星に行ってましたとは、言えない。
「ああ、そうだ」と答えるクラヴィス。
「本当か、そなた、昨日主星に行ったそうだが何用?」
「休みにどこへ行こうが私の勝手、お前にとやかく言われる筋合いはない」
「パスハの話しだと、そなたは最近よく主星に出かけると聞く、会議中も居眠りなどをしている、オスカーの話しだと主星には色恋を生業にしている女性もいると言う、そなたまさか」
「ふっ……ばかげた事を。主星には星の観察をしに出向いているのだ、地上から見る星座と聖地から見る星座との違いを研究している」
とかねてから用意していた言い訳をクラヴィスは言った。
「ならばよい、ところで主星ではサクリア仮面の事を何か聞くか?」
「別に何も。たかが一介の小悪党、お前が気にかける相手でもあるまい」
「サクリアという名称は聖地に関係する、聖地の者が疑われでもしたら困る。だがそれだけではない。実は個人的に頼み事があるのだ」
ジュリアスの意外な言葉にクラヴィスは身を乗り出さずにはいられなかった。
「頼み事?」
「この私の額飾りは我が一族に伝わる家宝というのはそなたも知っていよう、これと同じデザインの指輪もあり、それも我が一族の家宝なのだが、どうした事か、これが主星のとある者の手に渡ってしまった……もちろんだまし取られたのだが。もちろん実家のものたちは手を尽くして返還するように申し出た、裁判沙汰にまでなったのだからな……そして、相手方には指輪を返還するように判決が下されたのだ。しかし返還された指輪は偽物であったのだ。石や金は本物であり、偽物と言えど、本物とは見分けがつかぬ……その者は言いがかりだと言い張り、今に至っている」
「サクリア仮面にその指輪を盗み出せと頼むつもりか……身勝手なことだな」
「法ではこれ以上どうすることも出来ぬがサクリア仮面は以前もこのようなケースで宝石を元の持ち主に返している、ならば……と」
「……」
「この指輪の一件は、主星では有名な話しだからサクリア仮面に直接依頼するまでもないかも知れぬ……不法に奪われた家宝の事件を検索すれば出ていることだからな」
「お前がそこまで言うのなら、よほど大切な指輪なのであろう……有名な事件ならば、いずれサクリア仮面が動くであろう」
「……」
ジュリアスが去った後、クラヴィスは執務室に戻りコンピュータを立ち上げた。ゼフェルが「守護聖の各部屋にコンピュータを」と提案し、クラヴィスの執務室の片隅にも端末が置かれたが、このような形で活用する事になろうとは、クラヴィス自身も予測しなかった事だった。サクリア仮面となってからクラヴィスは主星の事件簿を検索することに慣れている。ジュリアスの言っていた事件は、一応決着を見た……ということで、解決した貴族の事件のリストの中にあった。
「確かにサクリア仮面にふさわしい仕事だな……」
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