Portrait

 

  黄昏時、執務室棟は、ひっそりとしていた。誰かが視察に出向いているわけでもないし、根を詰めて処理せねばならぬほどの仕事が皆にあるわけでもないのだが……。

 私は急ぎの書類を対処した後、時計を見た。執務を終えるにはまだ時間があったが、今日中にやらなければならない仕事は何も無かった。それならば……と、私は机の横に積まれた木箱に目をやった。 午前中に王立研究院の者が運んできたものだ。このような午後には相応しい仕事がそこにあった。さほど大きくない飾り気のない箱が、全部で十。それぞれに麻紐が掛けられ、結び目には封印が成されていた。その横に付けられた小さなタグに は一から十までの番号が振られている。 私は木箱の一つ目を手に取った。紐をナイフで切り、箱の蓋を開けると、百枚の写真とそのネガがきっちりと納められていた。私は残りの九つの箱を見た。 一箱に百枚づづ、全部で千枚の写真が、私の検閲を待っていた。 
 
 女王試験が終わり、新宇宙への移行が滞りなく終わってしばらくの後、落ち着いた頃を見計らったように、王立研究院の学者から聖地の植物についての記録を取りたいと申し出があった。それは以前からルヴァとマルセルの要請でもあった。彼らによると、聖地の植物は貴重種が多く残っており、何気ない雑草のように見えるものでも、他の惑星から見れば絶滅に瀕した非常に重要な種であるのだと。検討の末、植物学の知識のあるカメラマンを迎え入れて 、記録を取ることとなった。

 植物以外のものは撮さぬこと、記録したものの総ては、聖地に帰属し、聖地外の持ち出しは禁ずこと……撮影はデジタルによる記録ではなく旧式の手法で行い、枚数を制限する。聖地側から用意したフィルムと暗室を使ってカメラマン自身が現像し、ネガも含めての一切を聖地に残すこと、またそのカメラマン自身の身元も確かであることなど、幾つもの厳しい取り決めの後、ようやく条件に見合うカメラマンがやってきたのだった。

 主星を中心とする場で活躍する植物専門のそのカメラマンは、一ヶ月ばかり滞在し、聖地中の植物の写真を撮っていた。大抵は早朝の中で撮っていることが多く、私もごくたまにその姿を見ることがあった。ポケットの沢山付いた作業服のようなものを着込み、泥まみれになって這うようにして、大地に根ざす植物を撮している。幾つもの機材の入っている鞄を掲げて歩くその姿は、間近で見なければ 、女性……私よりもほんの少し上の年齢の……とは気づかぬほどだった。そして 、総ての写真を焼き上げた後、それを木箱に収めて封印し、私に提出した後、彼女は聖地を去って行ったのだった。

 本来ならば、王立研究院の担当者やルヴァやマルセルが代理しても差し支えないと思われる写真の検閲が、まず私の手によって封印が解かれ成されることになったのは、この研究に携わる者なら、被写体に興味を寄せるあまり、見逃してしまうかも知れないものを、まず私が客観的に調べた方が良いだろうということになったからだった。
 

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聖地の森の11月 黄昏の森