4 
 やがてエアカーは、宮殿の入り口近くに停車し、待機していた衛兵によって私たちは出迎えられた。縁飾りに細やかな刺繍がほどこされた長いマントと、襟や袖口が繊細なレースで飾られた上着は、その職業に似つかわしい衣装だとは思えなかったが、敵らしき者が存在しないこの世界ではそれで差し支えないのだろう。
 グリナジィに続いて入った宮殿内のホールの中心に、女神のような高貴な女性の像とそれを守るように取り囲む男性たちの像が立っていた。等身大であろうそれは高い台座の上に乗っていて存在感……いや、むしろ威圧感があった。自然と一旦、そこで足が止まってしまう。私たちは像を見上げる。
 男性像は九体……。その者たちは騎士風、学者風、法僧風、の者に加え、軽やかな踊り子のような姿の者もおり、九人とも年齢がまちまちである。そう……まるで、我々、守護聖のように。この星の聖地信仰……。ならば、この像は聖地の女王陛下と守護聖を模したものだな……と私は思った。

 きっとそうだ……さきほど上空から見たあの景色は、聖地とよく似ていた。森や湖、川の位置、宮殿の様式……。違うのはその大きさだけで、まるで聖地を真似て造らせたようだった。何故か聖地を見たかのように正確に……。

 私はもう一度、目前の像を見た。やはりこれは、守護聖……だと確信する。 

「これは王朝の祖、ラベルザ・ララベンタール女王陛下と守護聖様方の像です」と言った。
 中央の女性は聖地の女王陛下ではなく自身だと言うのか? 自分は聖地……守護聖に守られた存在だと誇示しているのか? いい気はしなかった。だが、権力者が自分自身を聖地と何か僅かでも繋がりのある者だと思わせるような芸術品を造らせるのは、珍しい事ではなかった。神鳥を手の甲に止まらせた立像や肖像画などは数多く存在する。 

「守護聖様は、元老院制度の礎となっております。ララベンタール王朝と同じく千年の昔より世襲制によって執政官が定められて来ました。ラベルザ陛下によって、当時のデリーラでもっとも古く権威のあった九つの家の者が選ばれて。私がこの若さで元老院入りをしておりますのも、五年前の震災で父親が他界し、それを引き継ぐ者が直系では他にいない為です。私は、当時十八でしたが、古来よりそういう定めですので、大した経験がなくとも当然の如く執政官となりました……」
 それを名誉とは思わず、どこか居心地の悪いような風で彼は言った。
「この星の政は、聖地に習っているということか。だが、執政官は、今なおたった九人だとはな」
 クラヴィスの呟きにグリナジィは頷く。
「千年の昔と今とでは、政の規模も有り様も違うだろう? ひとつの星の執政に僅か九人で?」
 私も続けて問うた。
「もちろん執政官の下に各省があり、執務官が多数……おりますが……」
 何か心に在りそうにグリナジィは答えた。と、その時、宮殿の回廊の奥から足音が響いてきた。振り返った彼らの目にグリナジィと同じような衣装を身に付けた老齢の人物と、もっと線の細い女性らしき輪郭が見える。グリナジィの顔に緊張が走る。
「陛下です。それと元老院の執政官の中でも一番年長で権力者の…………」
 私たちにとっては馴染みのない発音の長い家名をグリナジィは言った。聞き取れなかった為、再度、尋ねようとしたのだが、グリナジィは、「ここはひとまず私と同じように」と早口でそう言うとその場に傅いた。
 
「お断りだな。勝手にここに連れてきたのはそちらだ。誰であろうと傅く必要がどこにある」
 クラヴィスはその場で頭ひとつ下げることも拒み、立ったままでいた。私も同意見だった。小声だったのでやってくる者たちにその声が届いたわけではないが、グリナジィは些か狼狽えて、懇願するような目で私たちを見た。こちらにやって来る者たちの足音が大きくなる。
「グリナジィ、構わないわ、お立ちなさい。……まあまあ、二人とも、お久しぶりですね、お元気にしてらした? ご旅行の途中に立ち寄ってくださったなんて嬉しいわ」
 まだ少し距離があるのに声が先に届く。大きなはきはきとした声だ。こちらに先に何か言わせまいとする彼女の策が見て取れる。横にいるグリナジィは立ち上がり、この企てが成功するように……と祈るような表情で私たちを見ていた。スラリとしたシルエットと、よく響く声は、彼女がまだ若く、美しい容姿を持っていると予測させた。ゆっくりと近づいてくる彼女の容姿が完全に視野に入った時、私は息を飲んだ。豊かに波打つ長い黒髪と知性を秘めた強い眼差し。整った美しい容姿。挨拶の為に差し出されようとしていた彼女の手を、遮るような形で、スッと前に出た老齢の男が「ようこそデリーラにいらっしゃいました」と言った。言葉とは裏腹にその声は抑揚がなく歓迎する気持ちはあまりないようだった。彼は、自分は元老院の執政官の一人だと言い、やはり厳めしい長い家名を名乗った。
「主星の大学院でご一緒だったと伺いましたが? わざわざこんな辺境までお尋ね下さるとは……お珍しいことで。何の約束もなく、急な事で歓迎の宴もままなりませんがお許し下さい」
 嫌みをたっぷり含んだ言い様と何者だと品定めするような目だった。そんな彼の態度を目の当たりにしても女王は、表情を変えもせずに「いろいろお話しを聞きたいわ。惑星分析学の先生はお元気かしら? 近いうちにデリーラの分析もお願いしたいものだわ」と言った。デリーラの分析……というところで、はっきりと彼女は語気を強めた。この老齢の執政官を威嚇するが如く。グリナジィがエアカーで言っていたように、女王と元老院はあまり良い関係ではないようだった。
 
「惑星分析学の教授は……去年、退官された。今は外宇宙一周の旅の最中だと聞く」
 クラヴィスが、事も無げに言った。クラヴィスが上手く調子を合わせたことによる驚きで一瞬、女王の目が見開かれた。老執政官はそれに気づくことなく「ほほう、それは残念でしたな、陛下」と嫌みたっぷりに笑った。
「まあ、本当に残念。それでは、連絡のしようもないわね」
 彼女は肩を竦めそう答えると、クラヴィスに礼を言うように微笑みを返した。その目線と口元のなんと魅力的なことだろう。
 
「お二人とも旅の疲れもありましょうから、まず、お部屋に案内致しましょう」
 女王がそう言うと、「陛下、すぐに定例会議が始まりますぞ、誰か他の者に案内をさせてはどうですかな?」と老執政官がそう言った。やはり外来者との接触を阻止したい気持ちがあからさまだ。いかなる理由があるにせよ先ほどから、『陛下の友人でもある来客に対して無礼な態度』であるには違いなかった。
「判っています。でも、私の個人的なお客様ですから。お部屋に案内したらすぐに議会の間には参ります。貴方は先にいってらして下さい。さあ、行きましょう、皆様」
 女王は老執政官を睨みつけ、その後、何か言おうとする彼の事は無視して歩き出した。
「恐れ入ります、陛下……」
 私はそう言ってから、彼女の後に続いた。
「嫌だわ、陛下だなんて。大学院にいた時のように、気さくに、イザティスと呼んで下さってかまわなくてよ。誰にも遠慮なさらないで」
「ありがとう、イザティス」
 私がそう言うと、老執政官の苦々しい顔をしてこちらを見ていた。しかし、彼女が名を呼んで良いと言ってくれたのは有り難かった。聖地の女王以外を、陛下と呼ぶのには違和感があったからだ。
 イザティスの後について、その場からしばらく行くと中庭が見えた。その向こうにこじんまりとした館が見えている。ゲストハウスのようだった。回廊を抜けた先の中庭は石畳が敷かれ、色とりどりの小さな花が植え込まれていた。そこまで来ると彼女は立ち止まった。回りには誰もいない。
「申し訳ありませんでした。突然このようなこと………」と頭を下げた。
「この事態についてご説明願えれば、些かなりとも心が落ち着くのだが?」
 私がそう言うと、彼女は答えようとしたのだが、何かを告げる鐘が遠くで鳴り始め、、さらにゲストハウスの扉が開き、執事らしい男がこちらに向かって歩いて来た。
「陛下、お部屋のご用意は出来ております。皆様方、ようこそいらっしゃいました」
 先ほどとは違い少なくとも表面上は歓迎してくれているようだった。
「会議の始まりを告げる鐘が鳴っていますわ。ごめんなさい。一時間ほどで済みますから、その後で伺います。どうぞごゆっくりなさって下さい」
 イザティスは、グリナジィと共に足早に去って行った。
「拉致同然に連れ来て、その上、待ちぼうけか。それに、協力するとも何とも言ってないが……」
とクラヴィスが気怠そうに言う。
「だが、先ほどのそなたの機転は、協力すると言ったようなものだが?」
 私がそう言うと、クラヴィスは、「別に彼女に協力したわけではない。あの年寄りが気にくわなかっただけだ」と横を向いた。

 私たちは執事に部屋と案内された。ホテルのスィートルームのような構成になった部屋は、大きな居間を挟んで幾つかの寝室があった。私は中庭に面している部屋を選び、クラヴィスは裏庭に面した静かな部屋を選んだ。それぞれの荷物を置いた後、私たちは、居間のソファに座り、彼女たちがやって来るのを待つことにした。ややあって、客室係の女性がお茶を運んできた。扉を開けた瞬間から素晴らしい香りがしていた。花か果物か木の実か、何かを幾種類も混ぜ込んだものだろう。先にそれに口を付けたクラヴィスの目が細くなる。好みにあったようだった。私も思わず「美味しい」と呟いた。
「ありがとうございます。このお茶は、陛下と元老院の皆様、それから特別のお客様用として王宮内で作っています。太祖ラベルザ・ララベンタールが調合なさったものを今までずっと引き継いでおります」
 客室係は誇らしげに微笑み、一礼して去っていった。クラヴィスと私はしばらく、その美味なるお茶を愉しんだ。一杯飲んだ後、もう一杯が欲しくなる味だ。体が温まり、気分も落ち着いてくると回りが良く見えてくる。部屋の設え は上品で、開け放たれた窓から拭く風や遠くで聞こえる鳥の囀りが、宇宙港やシャトルの無機質な空間から開放された事を実感させてくれる。妙な事に巻き込まれている……その事さえなければ、もっと心から寛ぐことができたであろうが……。
 

■NEXT■