写真家の男が言っていたようにデリーラ行きの便は一般の客には敬遠されていて自由に席がとれた。確かにその異様に高い値段設定は、来訪者を拒んでいるとしか思えない。私とクラヴィスはカードを差し出し、決済を受ける。なんの不備もなくすんなりと。今の二人の身分は、主星上にある聖地・王立研究院に所属する研究者ということになっていた。
 
 しばらくの後、シャトルの搭乗時間になり、私たちは小さな船へと乗り込んだ。僅か二十数名程度しか乗客がいなかった。 そのいずれもがいかにもといった感じのビジネスマンや役人風の者たちで、観光客らしき者はいない。
 狭いシャトル便で丸一日を過ごした後、船はデリーラへと到着した。一応はこの星の表玄関となるデリーラ宇宙港は安全と清潔に留意されていたが、あまりにも小さく簡素すぎる。やはり外との接触を最小限に留めておこうとする様子が見て取れた。
 私たちが最初に向かったのは、宇宙港内にあるホテルだった。王都にある外来者向けの宿泊施設はそこしかない。フロントで、宿泊を願い出ると支配人が驚いた様子で尋ねた。
「ご観光で? あの何か許可書か紹介状のようなものはお持ちですか?」
「そのようなものはないが?」
 そう言うと、支配人は戸惑いながら、「では、その……どういうことで我が星へ?」と尋ねた。
「人づてになかなか良い所が多いと聞いたので」
 私は我慢強くそう答えた。
「少々お待ち願えますか? ただ今、確認を致しますので」
 何をどう、誰に確認を取るのだと言い返したくなるのを堪えて、私は、クラヴィスと共に狭いロビーに申し訳程度に置かれた椅子に座って、支配人が戻ってくるのを待った。そのまま十分が過ぎ、我慢が限界に達しようとした時、取り繕った笑顔でフロア係が、やってきた。
「申し訳ございません。外来のお客様は、政府の認可が必要なんです」
 係の女姓はそう言って詫びた。私たちの苛立ちは彼女に十分通じているらしく、「もしよろしかったら、お待ち戴いている間に、このガイドでもいかがでしょうか? この星の成り立ちや歴史などをザッとまとめて書いてありますので」とパンフレットを私たちの前に一部づつ置いて足早に去っていった。
 そのパンフレットの表紙は、威厳のある建物の写真だった。角に小さくララベンタール宮殿と記されている。その次のページからこの星についての記述があった。私たちは同時にそれを読み始め、ほぼ同時に読み終えた。
 説明書きによると、惑星デリーラの古代、中世期は、他の星と同じく、幾度の戦争を繰り返し、歴史を刻んでいた星であった。以降、千二百年ほど前、ラベルザ・ララベンタールという女王によって興された王朝を現在に至るまで脈々と受け継ぎ続けていた。ガイドには、ララベンタール王家歴代の王が為した幾つかの偉業が記され続け、政権が覆されるほどの内紛もなく現在な至ったのは、手厚い聖地信仰の賜であると締めくくられていた。
「腑に落ちんな……千二百年、無傷の王朝……どこかに偽りがあるような」
 クラヴィスは今し方まだ読んでいたパンフレットの表紙に写っている宮殿を見つめて、溜息を付きながら呟き、先ほどのフロア係に向かって「まだ待たせるのか? それとこの冊子以外の観光ガイドがあれば欲しいのだが」と言った。
「申し訳ありませんがそれしかございません。我が星では、外来者に公開できるのはこの宇宙港近郊と宮殿の一部だけですので。他の場所はご存じのように、まだ復興中の所も多く、特に見るべき所もございませんし」
 フロア係の言葉は丁寧だったが、仕方ないでしょう!という憤りのようなものが感じられた。
「ご存じのように、とは?」
「あ……、失礼しました。あの大震災のことはご存じなかったのですか?」
 今度は、知らないなんて、どういうこと? というような非難めいたものが感じられる。
「説明して貰えると有り難いが?」
 私はまた我慢強く尋ねた。
「五年前、大きな地震がありました。王都の付近は比較的、被害も少なくて済みましたが、海沿いの地域は壊滅……とにかくとても大きな地震だったんです……それに連鎖して起こった火災の被害も……」
 フロア係の顔色が悪くなった。その時のショックがよほど大きかったのだろう。
「それまでは我が星は、宇宙港はありはしましたがもっと小規模の形だけのもので、ごく限られた政府の役人が近隣惑星に行く為だけのものでした。でも大災害で、救援を他星に頼らざるを得ず、その物資の運搬の為に 今のこの宇宙港が開かれたのです。その後、復興政策は今に至っています。ようやく落ち着きはしましたが……」
 フロア係の言葉に私は少し気持ちを切り替えた。そして「辛い事を思い出させてしまったようだ。すまなかった」と詫びた。その直後、ホテルの入り口付近が俄に騒がしくなった。法曹の着衣のような長上衣を着た身分のありそうな若い男とその付き人らしい者が入ってくる。先ほどの支配人が走り出して出迎えている。二人の方を見て、二、三の言葉を交わした後、カウンターの向こうに控えるようにして去ってしまった。
「あ、あの……私も失礼いたします」
 支配人の目配せを受けてフロア係も逃げるように去っていく。同時に先ほどの長上衣の青年が私たちに向かってやってきた。リュミエールのようなたおやかな風貌をしたその若者は、身のこなしも上品 で敵意のようなものは感じられなかったが……。
「一体、何なのだ?」
 私は不快感を露わにし立ち上がった。青年は丁寧に頭を下げた。
 
「私はデリーラ元老院の執政官グリナジィと申します。ララベンタール陛下の命のよりお迎えに参じました」
 何故、一介の観光客の自分たちが、この星の最高権力者に召されるのか理解できない。それほど外来者が珍しいのだろうか?
 私は無言のまま、グリナジィと名乗った男を睨みつけた。
「陛下も久方ぶりの再会を心から喜んでおられます」
 さらに不可解の言葉が発せられる。作ったような大袈裟な仕草と声。どういうことかと尋ねようとした矢先、その若い執政官……グリナジィは「どうか……どうか、今は私に従って頂けませんか?」と ホテルの者たちには聞こえぬよう小声で懇願した。
 
 訳のわからぬ苛立ちか私たちを身構えさせたが、嫌だと言ったところで、デリーラから元来た中継ターミナルに向かうシャトルは二日後にしかない。この星の陛下の命とあらばこの星のどこにも逃げ場はない だろう。聖地へと直結する次元回廊を無理矢理開くという手はあるが、それはあくまでも最終手段だった。
 私が「わかった」と短く答えると、グリナジィは、ほっとしたようで笑顔を見せた。
「では、エアカーに」
 グリナジィの後に、二人は続く。ホテルの前にはいかにも公用車らしい大型の厳めしい形のエアカーが駐めてあった。付き人の男が運転席に入り、グリナジィたちは後部へと入った。
「この宇宙港から宮殿までは、王都を横切る経路で飛びますので、ザッと街の様子を見て戴けるかと思います」
 グリナジィはそう言ったあと、運転席と後部座席を仕切るガラス戸を完全に遮断モードに切り替えた。
「申し訳ありません。さぞかし驚かれたことと存じます」
 心から詫びている様子ではあった。
 
「我がデリーラは、極めて保守的、閉鎖的な星です」
「の、ようだな」
 クラヴィスは、意地悪さを込めてそう言った。中継ターミナルでチケットを買った時から、それはもう嫌というほど判っている……と言わんばかりに。
「少し込みいった話になります。我がデリーラでは、陛下と元老院が執政の全てを担っております。陛下は、この閉鎖的な執政を改革しようとされていますが、元老院がそれを許しません。聖地の庇護の元、発展し続けたララベンタール王朝を崩壊させるような行動は一切取るべきではないと主張しています」
 私は心中で首を傾げる。“聖地の庇護”とは一体なんなのか? と。聖地は他星の政治には一切関与していないし、どのような星であれ、庇護と呼ばれるような特別扱いはしない。だが、その事は口にせず、グリナジィの話を聞くことに専念した。
「陛下は、……聖地とコンタクトを求めていらっしゃるのですが、元老院の監視も厳しく、またこのような閉鎖的な風土では、なかなか術もなく……。そんな折りに、ホテルから外来者の、しかも王立研究院所属の方がいらしたと連絡が入ったものですから、慌て、陛下に連絡し 、ご相談しました。そして、陛下が主星に留学なさっていた時のご学友だった方たちが、近くの星まで来られ、思い立ってこちらにも訪問された……と言うことにして元老院を欺き、王宮にお連れしようとしているわけです。あ、外来者は全て、元老院に通達するよう定められているのです。その大半は、商取引など公のものばかりですが。私の部下が外来者のチェックをしておりますので 、貴方がたのことがすぐに判りました……」
 グリナジィは些か気が焦っているらしい。風貌に反する早口でそう告げる。
「そなたは確か、元老院の執政官だと言わなかったか? ララベンタール陛下と敵対してるという元老院の一員であるそなたが、何故このようなことに手を貸す?」
「確かに私は元老院の執政官ですが、唯一陛下のお考えに賛同している者です」
 グリナジィはきっぱりとした口調で答えた。真剣な目が訴えかけてくる。だが、そんなものはおかまいなしに、クラヴィスが、「どういう事情かは知らぬが、我々には関係のないこと。巻き込まれるのはご免だ」とこれまた、きっぱりと冷たく言い放った。
「そう仰るのはごもっともです。ですが、今はただ、陛下にお逢いして戴きたく思います」
 そう言った後、グリナジィの口端がごく僅かに上がったことを私は見逃さなかった。それは決して何か悪い企み事をしているようなものではなかったが、陛下に逢えば断ることなど出来ないはず……というような自信が見とれたのだった。それ以降、グリナジィは黙り込んだ。私は、仕方なしに窓の外へと視線を移す。フィルターの貼られた窓越しではあったが王都の景色は、あの写真家の言っていたように、赴きのある町並をしていた。白壁に統一された低い建物ばかりが、時計塔のある広場を中心にして放射線状に広がり地区を作っている。王都の横切る形で流れていく運河は緩やかに蛇行し遥か彼方への海へと続いている ようだ。ふと、さきほどホテルで貰ったパンフレットに書かれていた一文が頭をよぎった。

『聖地信仰を尊重した政策が執られ続け、他の惑星との戦争や内戦もなく穏やかな歴史を刻んできた希有な星……』
 理想郷を示すようなその一文の裏に、どんな事実が隠れているのだろうか……と、美しいデリーラ王都を見下ろしながらそう思う。

 やがてエアカーは、王宮の上空へと到着した。グリナジィは、素早くエアカーの窓を開けるように指示した。ゆったりと旋回しつつ地上に向かう途中で、王宮の全てが見渡せた。 広大な敷地、庭園は完璧なシンメトリーで整備され、広い一本道で宮殿の正面へと続いている。その背後には鬱蒼とした森、右手には輝く湖面が見えている。確かに美しい所だった。が、それと同時に、私は何かひっか かるものを覚えた。そして、それが何であるかすぐに気づいたが、口に出すのが躊躇われた。それほどに、ここは……。
 

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