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 こうして私とクラヴィスは、共に旅に出ることになった。予定では五日ほどの旅だった。他の守護聖たちに比べればずっと短期間の休暇となる。聖地を空ける時間も週末の午後から数時間ほどだ。例の鉱物博物館をじっくりと見物した後、古代の採掘現場跡地や遺跡などを回り、その星の中にある自然の美しい所に移動し、残りの日数をゆったりと過ごすことになっていた。
 私たちは、その星の宇宙港へと『星の小径』を開いた。旅券は、あたかも主星からの便に乗ってここに到着したかのように処理してある……。宇宙港に到着後、鉱物博物館に向かう星内移動シャトルへと乗り継ぐことになっていた。その発着ステーションへと移動し、手配してあった便への搭乗手続きを しようとすると、係の者が申し訳なさそうにこう言った。
「……もしや、鉱物博物館に行かれるのではありませんか? それでしたら、ただ今、博物館は閉鎖されています。特別展示の品が盗難にあったんです……こちらが今朝の新聞の記事でして……」
 係の者は、立ち入り禁止のテープが貼られた門扉と、無惨に割れたガラスケースの散乱している写真が掲載されている新聞をカウンターの上に置いて見せた。クラヴィスは、それを横目で見た後、「こんなことになるだろうという気はしていた……いっそ、帰るか……」と無表情に言った。
「あの……チケットのキャンセルはいつでもお受けいたしますが、もしよろしければ、優先的に違う場所へ変更もいたしますし、違う星に向かわれるのでしたらそのように手配も致しますので 。どうぞ……ご参考になれば……」
 係の者は、新聞を引っ込め、代わりに何冊かのパンフレットを置いた。
「少し考えてみよう」
 私はそれを受け取ると、クラヴィスに、「行くぞ」と言って、ティーラウンジの表示を指さした。

 ティーラウンジは、離発着するシャトルが見渡せる大窓に向かってまるで劇場のように席を並べて作ってあった。私たちは、その一番前列に座わり、コーヒーを飲みながら、次の行く先を決めることにした。さきほどのパンフレットのページを捲る。一刻も次の行き先を決めてしまいたい……と心は焦る。だが、それに掲載されている地はどれもこれも同じように見えて、そそられる所がひとつもなかった。
 クラヴィスの方は「どこでもいい」と言ったきり、窓の外を見ている。大型のシャトルが行き来する様は、確かに見ていて飽きないものがある……と思う。船体に描かれた各航空会社のロゴは彩り取りに美しいデザインが施してある。クラヴィスも物憂げにしてはいるが、居眠りもせず、離発着するシャトルを見るために視線を動かしている。
これはこれで楽しんでいるようだ……と私は解釈し、ならば……まあ、と気を取り直し、もう一度、手元の冊子を眺めた。最後のページを見終わった後、私はそれをクラヴィスの傍らに置いた。
「どこでも良いと言うが、そなたも一応、目を通せ」
 クラヴィスは、ゆるゆるとそれを手に取り、眺め始めた。ページを捲る手がクラヴィスらしからぬほどに早くなる。ほとんど読んでいないのだ。
「どれもこれもつまらん……な。やはり、戻るか」と呟き、冊子を再び開いた椅子の上に戻した。
「私とてそうしたいところだ……が」
 出発間際に、こうなる事態を見透かしたかのように「出来るだけ時間の許す限りゆっくりと楽しんで来てくださいね」と女王から念を押されている。それに、僅か数分で戻ってきた私たちを、他の守護聖たちはどんなに笑うだろう。
 
「どこもかしこも通俗化した所ばかりだ。自然の残る、地味で寂れた、それでいて、まあ見るべきものがあり、その中のひとつ、ふたつは目を見張るほど美しいものもあり……。そんな所はないのか?」
 クラヴィスの勝手な言い様に、私が一言、何かを言おうとした時、「ああ、それからデリーラがいい。ただし予算がたっぷりあればね」と、真後ろから声がした。
「デリーラ?」
 振り向くと、大きなリュックや機材ケースを持った髭面の男が、その荷物を降ろして座ろうとしていた。私たちよりも十歳ほど年上に見える。身に付けているものは、旅の途中で薄汚れてはいるが、質実剛健な上質のもので、彼自体の雰囲気も悪くない。爽やかで人好きのする笑顔は、ランディを思わせる。彼が年を重ねたならこんな風かも知れない 。
「デリーラは、Dエリアにある星だ。でもかなりCエリア寄りだからここから直通便がごく僅かに出ている。保守的な星で、ほんの数年前に一般開港されたんだけど、何しろ形式だけの開港だから、運賃がバカ高いんだよ。便も少ないしね。しかも外来者が泊まれるホテルは、宇宙港ターミナル内に一カ所、申し訳程度にあるのみ。利用者はビジネスで仕方なく泊まる連中ばかりさ」
「行ったことがあるのか?」
 クラヴィスが尋ねた。
「ああ。俺はフォトジャーナリストでね。三年ほど前に主星政府の依頼で、宮殿内の写真を許可されて撮影したんだ。滞在したのは正味一日と短いものだったけどね 。それでもなかなか許可がおりなかったんだよ。デリーラは、宇宙港のある場所だけが新しいだけで、他は皆、ファンタジー小説に出てくるような町並みさ。千年以上ひとつの王朝がずっと続いてる平和な所だよ。五年ほど前に大地震があって、古い建物は崩壊したものも少なくなかったのに、まったく元通りに再建するほどの保守的さだよ」
「千年以上同一の王朝が続いてるのは珍しいことだな。よほど優れた政治統制されているのだろう」
 私の言葉に男は肩を竦める。
「王族と元老院がずっと統治していて……後は判らないなあ。何しろ閉鎖的な所だからね。俗化された観光地になってしまうのは嫌だけど、もう少し観光客を受け入れる体制を整えて欲しいもんだね。そうすれば個人的に何度も行きたい星だよ。宮殿の美しさときたら文句の付けようがない。一番、美しいのはそこに住まう女王陛下だと案内人が漏らしたけどお目にかかることはできなかったなあ」
「その高額な運賃を払えば誰でも行けることは行けるんだな?」
 クラヴィスは、デリーラに関心を持ったらしく、男の方に体ごと向き直して尋ねた。
「ああ、けれどさっきも言ったように切符代は高いよ。簡易ベッドしかないくせに宿泊代も主星の高級ホテル並さ。それに二日に一便しか船はないし、見学できるのは宇宙港の付近と、王都と王宮の一部、幾つかの山や海のある地域くらいのものだよ。それも申請が通ればの話しだけど。君たちが普通の観光地には辟易しているようだったから薦めてみたけど……」
「いや、参考になった、ありがとう」
 私は、男に礼を言うと、意見を伺うようにクラヴィスを見た。彼は、先ほど投げ捨てるように席に置いたガイドブックの裏表紙に書いてあるシャトルの時刻表を眺めていたが、 私の視線に気づくと、「一時間後に搭乗が始まる。これを逃すと明後日まで足止めだ」と言って立ち上がった。
 男が、ヒュウと口笛を鳴らし「行くつもりだね」と楽しげに言った。
「よかろう」と私も同意し立ち上がった。
「コーヒーは好きか?」
 クラヴィスは、唐突に男に聞いた。
「ああ。今からコーヒーを片手に次の行き先への作戦をじっくり練るつもりだ」
 いかにも着の身着のまま感性の赴くまま旅をしている風に男は笑いながら答えた。
「奢らせて貰おう」
 クラヴィスは、先ほど自分たちが飲み物を注文したカウンターに行き、男の為に一番大きなサイズのコーヒーを注文し、彼の元に届けてやってくれとウェイターに頼んた。クラヴィスは、妙な所で行動的になれるらしい。

 私たちは、デリーラ行きの切符を求める為にチケットカウンターに向かった。
「デリーラに興味を持ったようだな?」
 歩きながらそう言うと、クラヴィスはまた元の物憂げそうな表情に戻って「他に行く当てもない。閉鎖的な所なら人も少なかろう……」と言い放ったのだった。
 

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