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 休暇は、館で寛ぐのが一番と取り合わないクラヴィスに、リュミエールが、幾つかの旅先を選び出した。その甲斐あって、その中のひとつにクラヴィスは興味を示した。それは良質の鉱物が採取できることで有名な辺境の星で、過去の採掘品の中から特出すべき石ばかりを集めた大きな博物館がある 都市だった。門外不出とされた銘石の数々が一年間だけ特別展示されているという。ようやくクラヴィスはそこを休暇先にすることを渋々ではあるが承知したのだった。 

 だがクラヴィスは、積極的に旅の手配をしようとせず、担当執務官に総てをまかせきりだった。私はその執務官と回廊で、たまたますれ違い、彼を呼び止めて休暇の件に進展があったかどうか尋ねてみた 。「実は……」と彼は話を切り出した。
 それによると、一般主星民としての身分証の発行、まず一旦降り立つ場所での特別通行許可書などの申請は総て整えてあるのだが、それ以降のシャトル、宿泊先の手配がまったくなされておらず、出発の日時が決まらないのだと、彼は困り果てた顔をして言った。
「まかせた……とクラヴィス様が仰いましたので、昨日を出発日として一度は手配いたしましたが……お体の具合が良くないとの事でとキャンセルされ、再度の手配には考えておく……と仰ったままお返事はありません。日時もわからないままでは 次の手配のしようもなく……」
 執務官は控えめな溜息とともに首を左右に振った。
「判った。そなたには苦労を掛けたようであるな。旅の手配の件は、一旦、反故とする。以降、この件については私が継ごう」
「ありがとうございます」
 安堵の表情を浮かべた執務官は頭を深々と下げ去っていった。
 クラヴィス自身が気が進まぬのだ、これ以上回りの者がどう言ってもあれは滅多なことでは動かぬであろう。クラヴィスの休暇については、本人の希望により聖地外に出掛けるのではなく、館にて数日を過ごす……ということで 収めるしかないだろう……、 私はそう思い、その日の午後、定例報告で陛下の御許に上がる機会に、その事を告げたのだった。
 
「……ですが、あの……ジュリアス様」
 ロザリアが私の進言に、何か言いたげだった。守護聖と女王補佐官は、対等の地位にあるとし、何事に於いても忌憚なく言葉を発しても構わないと告げてあったが、やはりまだ女王交代から日も浅いこともあり、遠慮しがちにロザリアは言葉を続ける。
「昨日、クラヴィス様に休暇についてお尋ねしてみたのですが……」
「クラヴィスは何と?」
「確かにあまり気の進まないご様子でした。ただその珍しい鉱物の博物館は面白そうだ……と。けれど、現地に向かうのにシャトルの乗り換えの手続きや宿泊先での会計などそのような細々とした事が思っただけでも面倒で、 不慣れなこともあり、きっと厄介なことになるに違いないと仰るのです……」
「クラヴィスの言いそうなことだ。不慣れは他の者とて同じ事。判らぬなら尋ねるなり、調べるなりすればよいものを」
 小さな怒りが胸の内に生じる。
「その時、たまたま側にゼフェル様がいらしてて……」
 ロザリアは言い淀みながら、陛下を見る。この様子に私は、何なのだろう……、と思う。
「ゼフェル様が仰るには、自分もそういうことは面倒で苦手だったけれど今回は三人一緒だったから、助かった、と。旅の手続きが、面倒なら誰かそういうことが得意な人と出掛ければいい……と」
 私はゼフェルたち三人が休暇から戻って、集いの間で皆にその報告をしていた時の会話を思い出した。

『ゼフェルったらずるいんですよー。自分ではぜんぜんプラン表も見ないで、ランディにまかせっきり』
『そうだよ、会計係もマルセルに押しつけたよな!』
『何言ってんだよ。その代わり、買い物での値段交渉とか、ナンパの第一声はオレがやってやったじゃねぇかよ』
『あー、それじゃあ、持ちつ持たれつ……って事ですねー。ところで、ゼフェル、ナンパ……ですって?』
『ゼフェル、ナンパって言うと言葉が悪いじゃないか。で、出逢い、そう、出逢いです、ルヴァ様!』
『おうっ、そうっ。出逢い、異文化交流ってヤツだぜっ』
 
 後はお決まりの騒がしさだった。その出逢いとやらはともかくとして、若い三人が年相応に楽しい旅をし、生き生きとして戻り、その結果として勉学や執務に対する態度が積極的になったのは確かだった。
 その時の様子を思い出していると、陛下が、「で、ジュリアス。クラヴィスの旅にあなたが同行して下さると嬉しいのですけど」と明るい声で仰せになった。驚く私に、さらに、「あなたもまだ休暇を取っていませんから」と、今度はすまし顔 で……。 

 クラヴィスと一緒の旅などご免被りたい。私は私でそれなりに計画していた旅があるのだ……。

「ですが、陛下。私は皆の後に出掛けるつもりで 、既に手配も整えてあります」
「ええ。では、そうして下さい。でもそれとは別にクラヴィスと一緒に行って下さいね。貴方には一番たくさん休暇を取って欲しいの。それに気心の知れたお友達同士の旅もたまには良いものでしょう?」

気心の知れた……友達?

 私は絶句した。確かに、気心は知れてはいる。だが友達という言葉でクラヴィスとの関係を言い表すには違和感がありすぎた。では、守護聖としての執務上だけの付き合いなのかと問われればそれも違うのだが……。
「面倒だと思っても行ってみれば案外楽しく、また得るものがあるのが旅だ……と仰ったではありませんか?」
 ロザリアが、陛下の横で微笑みながら言った。その言葉は、休暇の件を皆に告げた時に私自身が発したものだった。無条件に喜び合う若い守護聖たちの横で、我関せずな顔をしていたクラヴィスに向かって。
「ごめんなさい、ジュリアス。最初から仕組んでいたのではないの。ランディたちが三人で旅に出て戻って来た時、とても良い感じだったでしょう? そのことを思い出したの」
 誰の目にも明らかに彼らには連帯感が生まれていたし、同じ旅の思い出を共有し話し合う姿は微笑ましいものだった。 陛下とロザリアは、ほんの少しだけ私申し訳なさそうにした後、でも良い考えでしょう? と言わんばかりの笑顔で共に頷き合う。 まるで女王候補としてこの地にやってきた頃のように二人が微笑み会う様に、これ以上、承諾を渋るのは大人気なく、「承知いたしました」と答えるしかなかった。
 

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