カティスはカウンターの上に予め用意してあった小箱の中から、半分に切断された銀貨を取り出した。その表面には女性の横顔と何か文字のようなものが見えた。が、摩滅していてはっきりとは読めない。 「このコインは、随分古くから、秘かに守護聖の間で引き継がれているものだ。この横顔は古の女王だそうだ。一説によると初代女王だとも言うんだが。まぁ詳しい事は俺も知らない。とにかく、これは幸運のコインということで、かなり前の光の守護聖が、お守り代わりに大切に持っていた……らしい」 「ほう、それは珍しいものではないか。そのようなものならば、研究院で詳しく分析させ……」 「まぁ話を最後まで聞けよ。せっかちだな、お前は」 カティスは苦笑しながら話しを続けた。 「持ち主の光の守護聖は、いよいよサクリアが尽き、聖地を去ることになって、親友だった闇の守護聖とこのコインを分かち合おうと思いついたんだ」 カティスはコインの切断面を、ジュリアスに見せた。 「うむ……」 「ところが闇の守護聖に渡す前に、彼はこのコインの片割れをうっかり無くしてしまったのだ。結局、コインが見つからぬまま聖地を去らねばならなくなった光の守護聖は、後に残る闇の守護聖に、もともと一つであったものを無理に分けたのがいけなかったのかも知れない、片割れのコインを見つけだして欲しいと頼んだんだ。そして見つかったら二つを合わせて森の湖にでも沈めるか、聖地の何処かに埋めるなりして欲しいと言い残して聖地を去って行った……」 「迷信と言えばそれまでだが、往々にしてそのような不思議は存在するものだ」 ジュリアスはカティスの掌にあるコインの片割れを眺めながらさらに言った。 「ここに片割れがまだあるということは闇の守護聖は見つけられなかったのだな」 「ああ。闇の守護聖もまた失われたコインを見つけることが出来ないままに、サクリアが尽きた。そこで闇の守護聖は、後に残る別の守護聖に、コインの片割れを探してくれるように頼んだんだ。その時、自分の持っていたコイン、すなわち、今、ここにあるこれを一緒に託して……」 カティスはコインをテーブルの上に置いた。 「光の守護聖も闇の守護聖も自分たちの姿をこのコインに見たんだろうな。一対として聖地に生きてきたのに、離れ離れなってしまう……」 カティスはしんみりと言った。 「確かにそれはそうだが……」 ジュリアスの脳裏に一瞬、クラヴィスの顔が過ぎった。確かにアレとは長い付き合いではある。だが今の状態では決して親友とは言えまい。最近では挨拶を交わすことすら稀ではないか……と。 「コインはそれから数世代の守護聖を経ても見つからなかったと……というわけだな」 ジュリアスはポツンと寂しげに置かれた小さなコインの片割れを見て言った。 「ああ。俺も前の緑の守護聖から託されたんだ。坊やに頼もうかとも思ったが、やはりこういう事はお前の方がいいかも知れないと思ってな」 「そうだな。マルセルはまだ幼いし、学業の方もある。わかった、簡単に見つかるとは思えぬが、努力してみよう」 「それからこのことはあまり口外しないようにしてくれないか。王立研究院の連中などは、つい歴史的価値がどうの……と大げさになりがちだ。お前だってさっきそう言ったろう? ひっそりと見つけだして欲しい……と代々、言われてきたんだ」 「わかった……。そしてもし私の在位中に見つからないようならば、信頼のおける誰かにその事を引き継いで貰えばいいのだな」 「ああ。だが、私はお前に見つけて欲しい。過去の光の守護聖の頼みだからな。縁というものがあるならお前になら見つけられると思うんだ。なんとなく……な」 カティスの言葉にジュリアスは深く頷く。 「さぁ、俺の話は終わりだ。一杯やろう」 カティスが、差し出したワインにジュリアスは、唇をつける。 「美味しい……」 ジュリアスは思わず呟いた。みずみすしい香りのあと、優雅で優しい甘みが口の中に広がる。 「疲れてるだろうと思ってな。軽くて少し甘めのにした。ここの所、俺の事でお前にはいろいろと忙しい思いをさせているからな。美味いと言ってもらえてよかったよ」 カティスは嬉しそうに笑った。喉が少し潤ったところでジュリアスは躊躇いがちに言った。 「寂しくなる……」 ジュリアスはグラスを置いて、目を伏せた。 「後ろ髪を引かれるなぁ、お前にそういう顔をされると。ふふ、クラヴィスは泣いちまうし、俺は人気者だな、ははは」 「クラヴィスが泣いたのか?」 「ああ、アレはなあ、感受性が強いし、遠見の能力があるから……先の事まで感じ取ってしまうんだな、大方、俺が聖地を去って、放浪の末、どこかの見知らぬ土地でのたれ死にしているとこでも水晶球に見たんだろうよ」 カティスはわざとおどけて言った。ジュリアスはわかっていた。自分も同じ気持ちだから。カティスの言い様が大袈裟としても、クラヴィスが泣いたのはまんざら嘘ではないだろうと。実はカティスが去ると聞いた時にジュリアスも泣いたのだ。カティスから直接聞いたのではなく、女王補佐官であるディアから聞かされたので驚きが先に立ち、その時は泣かなかった。自分の執務室に戻るまでの人気のない長い回廊の途中で、開け放たれた窓から見えたパティオに咲き乱れる花壇の花を見た瞬間に、ジュリアスは一筋の涙をこぼした。何人もの守護聖の旅立ちを見送ったが、カティスは特別だった。 まだ幼かったあの頃に、心揺れる不安定な少年の日々に、カティスが自分を支えてくれた事をジュリアスは痛感していた。守護聖の長としての重責に押し潰されそうになった時も、大人への芽生えに戸惑う心も、カティスにだけは打ち明けることが出来たのだ。ジュリアスはいたたまれない気持ちになって、カティスから視線を逸らした。その視線の先に、あのコインの片割れがあった。 (カティスが私に託したのだ……出来るものならば見つけだしたい……) ジュリアスはコインを手に取り握りしめた。 |
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