コイン片割れ
 古城を思わせるような薄暗い石造りの酒蔵。壁に取り付けられた燭台の上の蝋燭に、カティスは火を灯した。微かな風の流れに小さな灯火は揺れ、冷やりとした床の上にできた長い影が、生き物のように踊る。緑の館の地下にあるこの場所を、カティスはこよなく愛していた。
 自分の感性を高めてくれる居心地の良いこの場所とワイン、そして大切な友……。
(今日は三拍子揃った日だ)
 カティスは上機嫌で、たくさんあるワインの中から、今宵ジュリアスに飲ませたい一本を選んだ。
 そんなカティスとは違って、酒蔵庫の片隅の小さなカウンターの前ではジュリアスが浮かない顔をして座っている。
「そんな顔をするなよ、ジュリアス」
 カティスは選んだワインとグラスをジュリアスの前に置き言った。
「ここでこうしてもてなしを受けるのも最後かも知れぬと思うと……」
 ジュリアスは、まだ空のままのワイングラスの縁をそっとなぞり溜息をついた。
「お前らしくないな。守護聖の交代は慣れっこだろう? それよりも…」
 カティスは、ジュリアスの隣のカウンターチェアに軽く腰掛けた。
「ああ、そう言えば、何か頼み事があると言ってたな。何なのだ?」
 ジュリアスはカティスの方に向き直った。
「聖地を去る俺の頼みだ、よく聞いてくれよ」
 仄かな蝋燭の灯の下でカティスが小さく笑った。ジュリアスはただ、黙って頷くしかなかった。
 
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