二代目ウォンは固まっているザッハトルテを見て、これみよがしに大きい溜息をついた。
「財閥の総帥……というたかて所詮は成り上がりと言われ、女に不自由はせぇへんというたかて所詮はお金があればこその遊びの関係、虚しいもんやで。そんな寂しい中年のオッサンのワシの今の生き甲斐は、チャーリーや。ワシ、人を見る目だけは自信あるねん。ハズしたことない。会社がここまで大きくなったんは、ワシが見込んだ人物たちのお陰や。【企業は人】、ホンマその通りやねん。そんなワシが思うに、チャーリーはまだ十歳やけど、アイツ、大したモンになりよる。親バカと笑わんといてや。客観的に見てのことやから」
少々ウザイ人生語りに「は、はぁ……」とザッハトルテはやっとのことで返事を返した。今にもソファに押し倒されそうな展開だったのが、何か違った方向に進んでる気がしたのだ。
だが、ホッとしてウォンの方に向き直ったそのとたん、彼の太ももの上に、ウォンの節くれ立ったゴツイ手が載せられた。スリスリスリ。
「なあ、かんにんしてや、こんなこと……」
「こっこここここんなことって、ど、どんなことですかっ」
やっぱり貞操の危機を感じたサッハトルテに、ウォンはニッコリと笑ってこう言った。彼の太ももをスリスリとさすりながら。
後になって思えば、それはおやじ独特のスキンシップのひとつだと理解も出来たのだが、この時のリチャードソン・ザッハトルテはまだ二十歳。ただただ身を引いて固まるしかないのだった。そして二代目ウォンは、スリスリしていた手を一瞬止めて、拝むように手を合わせて、「うん、あのな。ワシ、あんたにチャーリーのブレーンになって欲しいんや」
と言った。
「は?」
「チャーリーの……と言うたけど、もちろんワシのブレーンと兼務やで。今のブレーンたちはあくまでもワシのブレーンやから、後十年もしたらチャーリーも完全に三代目として働き出すやろ。その時の為に信頼の於ける男を……と思ってな。いわば教育係……とでもいうか
。その頃には君も三十歳、男として油の乗ったエエ頃合いや」
ザッハトルテは入社式の壇上で、ちょこんと座っていたチャーリーを思い浮かべた。二代目ウォンが溺愛する齢十歳のその少年が、可愛らしく頭も良く礼儀も正しく、三代目としてかなり見込みがあるらしい……という噂は彼自身も聞いてはいた。
「悪いけど君の事は調べさせて貰ろた。奨学金とバイトで主星大学をトップで出て、故郷の家族にまで仕送りしてる。大学時代に交際していた彼女と、その若さで誠実に結婚。学生時代もボランティアに従事するなど、若者の鑑みたいな人柄や。チャーリーはまだ子どもや。ビジネスでのブレーンだけやない、これから人格を育んでいく上でも、ちゃんとした人物に側にいてて欲しいんや」
「わ……私の人柄を認めていただいたのは嬉しいことです。ですが、そういうことでしたら入社前にお話してくださるべきではなかったでしょうか?」
辛うじてそう切り返すザッハトルテ。
「秘書部所属で十歳になる子どものブレーン……と知ったら君はウチに来てくれんかったやろ? 財政管理部やからこそ入ってくれたんやろ?」
確かにその通りだった。内定を貰った企業の中には、魅力的な職種の所が多々あった。
誰が好きこのんで子どものブレーンになるものか。
「一ヶ月だけ……、試してみてくれへんか? 表向きは、人手不足の為の助っ人として一ヶ月間だけ特別に財政管理部から派遣してもろた……ということにしておく。一ヶ月経ってやっぱりアカンと思ったなら断ってくれてええ。その時はあきらめてちゃんと財政管理部の仕事をしてもらう。もちろんその後の昇進に差し障るなんてケチ臭いことはせぇへん。男に二言はないで」
また手がスリスリスリとザッハトルテの太ももを撫で始める。懇願するウォンに、それ以上の悪意はまったくなく、もしや肉体関係を迫られるのではと懸念していた彼はドッと脱力感に襲われた。加えて、これ以上、スリスリされては、買ったばかりの一張羅のスーツが破れてしまいそうである。そういうことならば、一ヶ月間のお試し期間が過ぎたら、「やはり自分は財務管理部がいいです」と断るつもりでザッハトルテは首を縦に(一センチくらい)振ったのだった。
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