『誰も知らないウォン財閥の社史』


さらに秘密の……番外編

……その後。主星、チャーリーの私邸にて……。

 重なり合う吐息に合わせて、二人の影が揺れている。ジュリアスの髪が乱れて、束ねてある色褪せたバンダナが解けて落ちた。チャーリーは無意識のうちにそれを握りしめた。もう随分前、初めての時に、自分のしていたものをチャーリーはジュリアスに渡した。
『俺、実は、こそばがり(くすぐったがり)やねん。ジュリアス様、頼むし髪の毛、結わえて。そやないと笑ろてもうてでけへん』
 ……それから、逢瀬の度に、ジュリアスは律儀にそれを使っている。
「はあっ」
 一際大きくチャーリーが声を上げた時、影は静止し、そのまま下に崩れた。
「う……う、し、しんどぉ〜」
 チャーリーはシーツに顔を埋めたまま呟いた。
「うむ……少し激しすぎたか……」
「なんや余裕のふりなんかして。ジュリアス様かて、息あがってるくせに」
 チャーリーは顔だけをあげて、ジュリアスに言った。ジュリアスは軽く笑うと髪を掻き上げた。
「今日がなんの日か覚えてくれたはって、俺、めっちゃ嬉しかった」
 チャーリーは、寝返りを打ち、天井を見つめて言った。

「そなたが初めて聖地にあがった日……」
「そしてジュリアス様と再会した日や。もっとも俺はあの時、アコガレの秘書のヒトがジュリアス様やてわかってなかったけど」
 チャーリーは、ジュリアスの髪に手を延ばした。その指先に、ジュリアスの金色の髪を巻き付ける。
「いろいろ……あったなぁ……女王試験も半ばを過ぎて、やっとジュリアス様とエエ仲になれた時は、試験が終わったら、お終いになる仲やと、言い聞かせてたけど……ジュリアス様との縁 は繋がっとった……」
 チャーリーはジュリアスの髪の先を、もて遊びながら言った。

「おじぃちゃんは、あの日、あの時、ジュリアス様と出逢った事で、聖地御用達になりウォン商会を作れた。親父は、上手い具合にロザリア様が女王候補になったんで、カタルヘナ財閥と飛空都市参入で争うことなしに、その名誉を手に入れて、押しも押されもせぬ大企業へとウォン商会を築き上げた……ウォンの男は、皆、強運の持ち主なんや。けど、一番は、俺やったなァ。俺は宇宙一の強運の持ち主や」
 チャーリーは、しみじみと言った。
「ジュリアス様と出会っただけでも、ラッキーやったけど、こうして……」
 チャーリーは、ジュリアスの髪を指からほどくと、彼の胸の上に手を置いた。胸から下腹部へと、人差し指を這わせて……辿り着く。

「時の流れが、なんぼのもんや〜」
 チャーリーは、嬉しそうに言った。
「チャーリー、そんなに大きな声を出さずとも……」
「そやかて、嬉しい、嬉しいんや。ジュリアス様も嬉しいやろ?」
「まったく……。確かに、そなたは、運命を変えてしまうほどの強運の持ち主かも知れぬ……」
「これからは、ずっと一緒。ずっとジュリアス様と、同ンなじ時間の中で生きていける」
 チャーリーはジュリアスに凭れて呟いた。
「そろそろ、私をそう呼ぶのはやめぬか。私はもう守護聖ではないのだし」
「それそれ。陛下もその事で、ブーブー言うてはりましたで。
”さっきまで、ジュリアス様って呼んでたのに、いきなりダメって言うんだもの。困っちゃったわ”
”慣れるまで待ってくれはらへんかったんですか?”
"ぜんぜん。つい、様づけで呼んじゃうとね、すっごい怖い顔をして、お恐れながら、陛下……って言うの"
”そういうトコ、融通きかなそうやもんなァ、ジュリアス様って”
”そうなのよ、あなたみたいにラフにお付き合いしてくださると、私も嬉しいわ、チャーリー”

「……そなたは、陛下とそのような事を言っていたのか?」
 ジュリアスはチャーリーを睨み付けた。
「陛下はこうも言うたはりました。ある時、自然に何の躊躇いもなく、ジュリアスって呼べた時があったって。自分でも気がつかなくて、横にいたロザリア様に後で言われたて気がついたって。小さい子が、転んで転んで、フッと自転車に乗れた瞬間みたいに。俺にもそんな瞬間が来ると思うんです。そやから、急に呼び捨ては無理。俺にとっては、ジュリアス様はジュリアス様やから」
 ジュリアスはそれを黙って聞いていた。
「そんなことより、ジュリアス様。これからは、ウォン財閥の顧問になってくれはりませんか? 本当は社長になって貰えたら一番ええんやけど」
「何を言う。そなたの祖父、父上が築き上げたものに、どうして私が関与などできよう」
「でも、仕事は何かしたい……と仰ってたではありませんか?」
「そうだな。私も会社を興してみようか? ウォン財閥のライバルとなるように励んでみるのもいいかも知れない」
「そ、そんな〜」
「だが、しかし、そのような才覚はないだろうな。あまりに聖地にいるのが長すぎた。顧問になったとしても役に立つには長い時を必要とするだろう。役員会のものたちも、心から賛成はすまい。そなたの故郷の地に、牧場を買おうか。そこで馬を育てながら過ごすのはどうだろう?」
「それはええ考えかな……と思いますけども……」
 チャーリーは不服そうに言った。

「そやけど、主星主都とはエアカーを飛ばして半日以上かかる。俺は、会社を離れられへんし、そんなん週末しか逢えへん……あ、そや。あの転移板の装置、あれ、聖地から貸し出ししてもらわれへんやろか?」
「チャーリー、私はもう聖地とは関係のない人間だ……」
「すいません……」
「だからこそ、そなたとこうしてここにいるのだから」
 ジュリアスは、チャーリーの肩を引き寄せた。
「はい……。あ……そや……。そやけど……」
 チャーリーは、何かを思い付いたように顔をあげたが、すぐにそれをうち消すように俯いた。
「どうした?」
「いえ……牧場の件は、まぁ、もうちょっと先にしてもろて……。顧問とは違うひとつ空いてるポストが会社にあるんですけども……」
「?」
「俺の秘書のトップに、七三分けの髪型のがいてるんですけど、これが近々、副社長になるんです。経営戦略なんか、俺よかキレるし。誠実でエエヤツなんやけど、唯一の欠点は、地味な運勢ってとこですか」
「で?」
「俺の秘書になってくれはらへん?
 ジュリアス様を秘書にするなんてちょっと気ぃひけるんやけど」
「うむ……主星の生活に慣れつつ、世情を学ぶのに良いかも知れぬ」
「そやろ、そやろ。ナイスやろ〜」
「ではそうさせて貰おうか。ただし、特別扱いはしないで欲しいのだが」
「ジュリアス様には、俺のスケジュール管理をして貰いたいんです。俺と何時でも同行して……」
 口調は真面目なのだが、その口元が嬉しそうに歪んでいる。


「チャーリー、仕事に私情を挟むつもりであれば……」
 チャーリーの表情を見て取ったジュリアスは、すかさず言った。
「滅相もない〜、俺かて今や宇宙一、二を争う大企業の総帥、プライベートと仕事の区別くらい、ビシィィィィと付けます。ジュリアス様の方こそ、仕事がキツイ言うて根をあげはっても知りませんからね」
「そうか。そういう事なら、どうかこの件は、よろしくお願い致します」
 ジュリアスは頭を下げた。
「あ、そ、そそんな頭あげて下さい。それにその物言い。ジュリアス様にそんな風にされると俺……」
「何を言う。そなたに雇ってもらうことになるのだ。これから先も、場合により頭を下げることなど幾度もあるだろう。先ほどの話しを聞いて、なるほどと思ったが、やはり会社では、様付けで呼ぶのはもってのほかだな」
「くーっ、陛下の気持ち、ようわかるわ〜。もー、白黒ハッキリつけたいお人やなァ、はいはい、それについてはちゃんとします。そやけど、二人っきりの時まで、お固いことは言うたら嫌や……ジュリアス様は、俺にとってはいつまでもアコガレの人であり、目標の人やねンから……」
 チャーリーは、少し寂しそうに言った。

「そなたの側にいて主星の生活に馴染んでいけるのは、私にとっては願ってもない事だ。ましてや、仕事でもそなたと共にある事が出来るのは、どんなに心強く、嬉しいことか。だが、それだけに、そういう状況に甘えすぎてはいと思うあまり頑なになってしまったようだな」
 その言葉にチャーリー感激して派手に、シーツを掻きむしって喜んだ。
「ううぅ、嬉しいこと言うてくれはるやんかーー、そなたと共に、心強く嬉しい……やて〜。いやぁン、もー、ジュリアス様のアホアホアホアホ〜」
「な、何故アホ……と?」
「あ、ジュリアス様、違う、違う。これだけは覚えといて。アホは、褒め言葉、親愛の言葉」
「いや、しかし……」
 ジュリアスは解せぬ言うように首を振った。
「その場の雰囲気で、親愛の言葉なのか、本来の意味なのか、掴めるようにならんと、俺の秘書は務まりませんから、よう勉強してください」
 チャーリーは得意気に言った。
「………チャーリーのアホ……?」
 ジュリアスは納得できない面持ちで、そう言ってみた。
「ナイス! ジュリアス様。そんな風に、相手に呆れた時なんかに、使うとよろし。そやから俺が、アホな事言うた後に、そう言うてくれはると、ボケとツッコミが成立して、お堅い社長室の雰囲気もエエ感じに〜」
「チャーリー……、私はやはりそなたの秘書に務まらぬのでは……」
  はしゃいでいるチャーリーの隣で、不安な気持ちになっていくジュリアスであった。
 

つづく


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