『誰も知らないウォン財閥の社史』


さらに秘密の……番外編


 チャーリーが、辺境の小惑星へと旅立って6日が過ぎていた。その間に、ジュリアスは、主星のデータベースにアクセスし、ウォン財閥とチャーリー・ウォン自身のデータを、サーチしていた。
 最前線の企業戦の華やかな面の影に、どれほどの暗面があるのか、絶えず変動してゆく下界の経済界とは無縁とも言える聖地にあるジュリアスでもそれは安易に推し量ることが出来た。

 チャーリー自身のデータは、三年前を機に激増している。父親が突然、病に倒れ、まだ学生でありながら、社長就任……、それに乗じてウォン財閥の解体を試みる輩の様々な経済的攻撃を、なんとか交わしながら、経営を安定させ現在に至っている。
 一番新しいデータを、ジュリアスは見る。チタングロウニュウム鉱山のプロジェクトに関するデータが、画面7スクロール分だっぷりと表示される。 
 鉱山でトラブルがあったこと、利害関係の縺れからウォン私邸で誤認による狙撃事件があったこと、さらに、鉱山での労働力を囚人に求めたことで各団体からの抗議運動が、辺境惑星で起こっていること……、そんな記事に混じって、主星のポートから、鉱山のある小惑星に向かうチャーリーの映像が載った記事を、ジュリアスは見つけた。

 あの日と同じダークなスーツを着ている。いつものおどけた鼻メガネや派手な柄のバンダナもない。きちんと束ねた髪に、銀色の縁のメガネの、チャーリーが映っていた。
「……どちらも、そなたなのだな……使い分けているのてはなく……」
 ジュリアスはその映像に向かって、そう呟きながら、画面をさらにスクロールする。
 小惑星上の工場を視察するチャーリー、囚人たちに雇用条件を説明しているチャーリー、辺境惑星の代表と会談しているチャーリーが、次々と映し出される。いずれ映像は不鮮明で小さいものだったが、ジュリアスはホッとしていた。彼が無事で、仕事をこなしていることは確かだったからだ。
 データの最終は、ウォン財閥と辺境惑星政府、主星政府の三者の間で、チタングロウニュウム鉱山の開発について正式調印が、なされたと締めくくっていた。

 チャーリーのいない日の曜日が過ぎ、次の週も半ばを過ぎた。折りに触れ、ウォン財閥とチャーリーの動向について調べているジュリアスだが、調印後、帰路に向かったとの記事を最後に、これといったニュースも出ていない。
「今日は金の曜日……もう主星に戻っていても良い頃なのだが。後処理で多忙なのかも知れぬが……」
 出発前のチャーリーの様子を思えば、何らかの形で、連絡を入れてくるのでは……と思っていたジュリアスは、不安と不満の入り混じった気持ちのまま、女王候補たちの育成の様子を確かめるために、王立研究院に向かった。
 

***

 薄暗い部屋の灯りが、チャーリーの声に反応して、灯る。
「照明下げて……疲れてンねん……。あんまし明るいと目ェが辛い……」
 チャーリーの呟きの一部分「照明下げて……」を捕らえて、管理システムが反応する。天井の照明が消え、間接照明だけになった部屋のソファに、チャーリーは雪崩れ込むようにして座った。
「命狙われるよか、きついスケジュールやった……。くそーー、あの七三分け頭、ここぞとばかりに予定組みやがったな〜。帰りの船は、三日分も遠回りの航路で、船の中でも、会食や接待。中継ポートに着いたら着いたら、視察や会議、次から次へと、ようもまぁ、ねじ込んでくれたわ。そやけど、まぁ……なんとか丸ぅ治まった……」
 チャーリーは、上着を脱ぎ捨て、ネクタイをゆるめた。
「ジュリアス様に逢いたいなぁ……今日は……金の曜日かぁ…今は4時半か……よっしゃ〜、今からやったら間に合う。執務帰りのジュリアス様とお茶できる〜」
 チャーリーは気合いを入れて、キャビネットの一番下部の引き出しから、一メートル四方のチタングロウニュウム合金の薄いシートを取り出す。聖地とこことを結ぶ小径の座標になる装置である。
「よいしょっと……、位置を間違えんようにせんと。1センチでも違うと座標が狂うとエルンストさん言うてたなァ。これでヨシ……と」
 聖地から指示された通りに置くと、その上に立った。角にあるボタンを押すだけで聖地への径が出来上がる。
「待てよ……この姿では、ちょっとあんまりやな……やっぱりシャワー浴びて着替えていこ……」
 チャーリーは、汗くさいシャツや靴下などを、脱ぎはじめた。
「ジュリアス様〜待っててや〜」 
 チャーリーは、楽し気に、そう叫びながらシャワールームに消えた。

***


 王立研究院で、ジュリアスは、エルンストから女王試験の報告を受けていた。試験の始まった当初は、レイチェルのリードが著しかったが、アンジェリークの育成が安定し、二人は僅差で、試験中盤を迎えていた。
「まずまずの結果が出ているようだな」
「そうですね。学芸館の連中たちとも上手くやっていますし。先刻ロザリア様がいらしたのですが、日の曜日に協力者も交えてお茶会を催されるそうですよ。ウォン氏も今週は聖地にやってくるでしょうから全員揃いますね」
「彼は日の曜日にやってくるだろうか?」
「ええ、たぶん。連絡はまだありませんが、つい先ほど聖地と彼の私室との回路がオンラインになりましたから、こちらにやってくるつもりでは?」
「先刻?」
「はい。つい15分ほど前の事です。指定されたポイントに転移板をセットしたようですよ。いつもはセット後、すぐに転移要請のパルスが送られてくるのですが、今回はまだです。きっとセットしたまま、何か用ができてそのままにしているのでしょう」
「転移板がセットされているということは、こちら側から行くこともできるのだな?」
「はい。ウォン氏の私室にあるものと聖地にあるものは、対になっていますから、現段階では移動可能です」
「そうか……では、回路を開いてもらおう」
 ジュリアスはふと悪戯心をおこした。

つづくのだ 



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