『誰も知らないウォン財閥の社史』


さらに秘密の……番外編


 聖地から、主星のウォン財閥本社ビル内にある私室に戻ったチャーリーは、スーツに着替えると部屋を出た。そこは社長室である。秘書たちが、一斉にホッとした様子で、彼を出迎えた。
「何があったんや? 皆……今日は日の曜日やで、揃いも揃って……」
 チャーリーは、デスクに腰掛けながら尋ねた。

「第256課の連中から連絡がありまして……」
 秘書の一人が、小声でそう言いながら、視線を左右に動かした。それを受けた別の秘書たちは、頷くと、部屋のセキュリティを、再度確認した。
 第256課というのは、主に情報収集にあたっているウォン財閥の秘密機構である。
「あの計画絡みで何か?」
 チャーリーは静かに言った。『あの計画』とは、ウォン財閥が最近、手がけている大きなプロジェクトの事である。
 βエリアの小惑星上に、新しく発見されたチタングロウニュウム鉱山について、採掘から加工までを一貫して行う企画を、ウォン財閥は、主星政府に提案していた。工場を辺境域である小惑星上に建てるとなると、莫大なコスト が必要だが、主星やそれに近いエリアに運んで加工するよりも、運搬に係る時間は大幅に短縮できるし、主星では規制の厳しい環境上の問題も、住民がいないその惑星上では、 楽にクリアできる。
 さらに、その小惑星から、さほど遠くないところに、主星と友好関係を結ぶ惑星が、流刑地にしている人工衛星都市があり、囚人たちを採掘現場で従事させ る認可を取れば、賃金も大幅カットできる。
  各方面の利害関係や根回しを行い、その企画は、仮契約がなされ、工場工事も既に着工されている。

「ここ数日、ウォン財閥の回りの不穏に動きが、いくつも発見されいます」
「そんなこと、いつもの事や。社のマザーコンピューターに侵入しようとしたり、工場に賊が入ったり、脅迫状や嫌がらせのメールが来たり……」
「大企業では、日常茶飯事の事ですが、先ほど小惑星上に建設中の工場の設計図に、致命的な欠陥が発見されました」
「なんやて? 設計図はウチの息のかかった信用のできるところに頼んだはずやろ」
「設計事務所のコンピュータに、データに改ざんされた痕跡が見つかりました。最終チェックが終わった後、何物かが、正規の設計図に細工したんです」
「基礎工事の途中で気づいたので、被害が少ないとよいのですが。至急、調査とやり直しを指示してあります。これとほぼ同様のトラブルが後二件見つかりましたが、そちらも処理しました」
 秘書たちは、てきぱきと報告を続けた。
「有能な部下を持って、俺はシアワセやな」
 チャーリーはホッとして言った。
「今回のプロジェクトは、かなり強引に進めたし、根回しも合法スレスレやったもんなぁ、新チタングロウニュウム鉱山っていうお宝を、事実上、独り占めやからな、恨まれてもしょうがない」
「脅迫状が届くようならいいんです、対処のしようはいくらでもありますから金さえ積めば大抵は解決します」
 例の七三分け頭の秘書がサラリと言う。
「真面目そうな顔して、コワイ事言うわ、俺のクリーンなイメージにキズがつくようなこと〜」
「先代に比べれば、まだしもクリーン……と言うだけですからね」
 秘書はそう言うと、やけに神妙な顔をした。それをチャーリーは見逃さない。
「おい、まさか、誰かやられたんか?」
「はい、私邸の方で……社長と間違えられて」
「どういうことや? 誰が一体?」
「本日の朝方、庭に出入りの業者の若者が、花壇の植え替え中に、ハメを外して、庭のゴルフコースでパットの練習をしていたそうです」
「俺と間違われたんか……」
「背格好が似ていました、重傷ですが、なんとか一命は」
「見舞いにいかんとアカンな……」
「手配済みです」
 と秘書は何事もなかったように言った。
「代理人か……それでは、申し訳ないやろ」
「今、うかつに世間にお出にならない方がいいでしょう。来週の正式契約までは。狙撃したのが、ただの庭師だったと判って連中は、焦っているはずですし」
「……わかった……」
 チャーリーが大きな溜息を付いた、その時、隣室で仕事をしていたらしい秘書の一人が駆け込んできた。
「たった今、小惑星から連絡が入りました。例の基礎工事のミスから、鉱山と工場を繋いでいた地下チューヴが崩壊したと……」
「なんだって! そんなに大きなトラブルになってしまったのか?」
別の秘書が驚いて叫んだ。
「深層部から発掘されたチタングロウニュウムの重さが、従来のものと予測値を遙かに越えていたことも原因しているようです。現地周辺の惑星には既に、事件が漏れていて、抗議団体 からの電話が……」
 (シャレにならんわ、あの嬢ちゃんも……)
 重すぎる……と言っていたレイチェルの言葉がチャーリーの頭を過ぎった。

「すぐに……」
 と、チャーリーは言いかけて、グッと瞳を閉じた。
「社長?」
「すぐに……小惑星に行く。船の手配を……。工事中止は食い止めやなアカン。ここでこのプロジェクトがぽしゃったら、大打撃どころか、ウチの会社もお終いやで。周辺の惑星と人工衛星都市のお偉方とも逢う。アポ取りしてくれ。必要書類……間に合うか?」
 チャーリーはテキパキと、指示を出した。秘書たちも各自の仕事をこなすために動き出す。
「30分後には屋上のポートより専用機が出せます。辺境地の為、こんなに急ではチャーター便が手配できません。ですが、主星メインポートから18時半出発の船 があります。……これを逃すとあさってまで便がありません。すぐに手配します!」
 秘書の叫び声が隣室から飛んできた。
「社長、次の日の曜日までに戻って来られません。聖地に連絡を入れなくてよいのでしょうか?」
 スケジュール管理をしている秘書が言った。
「…………そやな……連絡しとかなアカンな……こういう場合は、えっと……研究院のエルンストさんに言うとくのが一番、確実か……、確かメールのアドレスは……」
 チャーリーは、キーボードを叩こうとして、ふと手を止めた。
「すまん……ちょっとだけ聖地に行かせてくれ……」
 チャーリーは立ち上がると消え入るような声でそう言った。
「社長! 18時半の船に乗るには30分しか時間がありませんよ!」
「わかってる。すぐに戻ってくる」
 チャーリーは、かつてないほど怖い顔をして、秘書を睨み付けた。
「社長……」
 秘書の脱力したような呟きに背を向けてチャーリーは、奥の私室へと消えた。



***

 聖地に着いたチャーリーは、王立研究院の係りの者に、至急の用だと告げ、強引にエアカーを借り出した。研究院から光の館までは、歩けば30分近くはかかってしまう距離である。
 (あとで始末書もんやな、聖地にも始末書ってあるんやろか……)
 チャーリーは、そう思いながら、光の館までエアカーを飛ばした。
「聖地の夕暮れか……キレイやなぁ、もっと違う時に見たかったな……あ、あれやな、光の館……重厚な建物やなぁ、ジュリアス様らしい」
 チャーリーは光の館の上空を一度、旋回し、ゆっくりとその庭先にエアカーを降ろした。
「チャーリー、どうしたというのだ? そなたが火急の用だと、半ばエアカーを奪うようにしてそちらに向かったと研究院から連絡があったぞ」
 エアカーのエンジン音が静まるのを待ちかねたように、ジュリアスが飛び出してきて言った。

「申し訳ありません。俺……」
「ともかく中へ」
「ジュリアス様!」
 チャーリーは、ジュリアスを呼び止めた。
「?」
「時間がないんです。30分……いや、もうあと10分位しか。どうしても外せない仕事ができて辺境の小惑星に行かんとアカンのです……ですので、次の日の曜日、聖地には伺えません」
「それを伝えるためだけにわざわざ来たのか? 手順も踏まずエアカーを奪うようにして?」
 ジュリアスの表情が固くなった。

「……違う……」
「?」
「きちんと説明している時間がないんです。許してください。発つ前に、ジュリアス様にお逢いしたかった……もう、もしかしたらもう、逢えへんかもしれん……と思うと」
「逢えないとは?」
「今、大きなプロジェクトを抱えてて、そのトラブルから命を狙われてます。セキュリティもボディガードも何重にも配置させているから、たぶん何もないとは思うんですが、そやけど……他にもトラブルが重なっていて、もし、このプロジェクトが流れるようなことになれば……ウォン財閥は俺の代で終わり になってしまうかも。命があったとしても、引責問題をクリアしないと、もうお逢いすることはできません」
 チャーリーの顔色が良くないのは、ダークな色のスーツのせいだけではないことは、一目見た時からジュリアスにも判っていた。彼が今、謎の商人ではなく、主星の企業人として窮地に立たされているのだと、ジュリアスは理解した。

「わかった。詳しくは戻って来た時に、また説明するように。もう行かねばならぬな」
 ジュリアスは静かにそう言った。
「はい」
「無事であるように」
「はい……」
 チャーリーはジュリアスに頭を下げたまま、動かない。
「チャーリー?」
「ジュリアス様……おゆるしを」

 チャーリーはそう言うと、目の前のジュリアスの腕の中に飛び込んだ。ふいに抱きしめられたジュリアスの体は、大きく揺れた。
「そなた! 何を……する……のだ……」
 一旦、宙に浮いたジュリアスの腕は、チャーリーの背中に辿り着く。抱きしめられているのか、抱きしめているのか、判らぬ中で、ジュリアスは確かにチャーリーの鼓動を感じていた。
「本当は行きたくないんや……主星にも帰りたくない、ずっとここにいたい」 チャーリーは呟く。
「でも行かねばならぬのだろう? それがそなたの仕事なのだから。そなたならば頑張れる……」
「そのセリフ、前にもいっぺん聞いたことある……。そなたならば頑張れるであろう。だが、今は休憩中、楽にしても良いのだぞ……と仰った……。あの時、ホンマに……嬉しかった」
 ジュリアスの腕の中でチャーリーは言った。
「子どもの頃か? そんなことを私は言ったか……」
「…………」
「チャーリー?」
「…………」
「泣いているのか?」
「泣いてません」
「そうか?」
「はい……」
「…………」

 ジュリアスは、チャーリーから体を離した。不安げにチャーリーの瞳は潤んでいる。チャーリーも、またジュリアスの瞳を見ていた。夕日のせいで、いつもの青い瞳が違って見える。
(あのごつっう青い目……見たかったな……)
 そう思った瞬間、チャーリーは泣きそうになった。それを防ぐために、彼はギュッと目を閉じた。
 それは、あまりにも自然すぎる一瞬だった。チャーリーの閉じられた瞳に、誘われるように、ジュリアスは…………。

(え……?)
 重なり合った唇に、戸惑っていたのは、ジュリアスも同じだった。
(私は……何を……)
「お、俺……俺……俺……、す、すみませんっ、すみませんっ」
 唇が離れた瞬間、チャーリーは、一歩後ずさりして、謝った。
「いや、私の方が先に……すまぬ……つい……」
「なんか俺、どうしよ……」
 チャーリーは俯き、ジュリアスは天を仰ぐ。
(ただ唇が一瞬触れ合っただけのことなのに……)
(挨拶代わりにもならへん軽いキスやのに……)
(何故こんなに心が温かい?)
(なんでこんなに嬉しいんやろ?)

 その時、二人を引き裂くように、電子音がチャーリーのポケットで鳴った。
「会社からや……」
「もう行かねばならない時間のようだな?」
「俺、行ってきます。きっちりカタつけて、またカフェでお茶しましょっ……ホンマはこの続き……の方がエエけど……」
 最後の部分は、ゴニョゴニョと誤魔化しながらチャーリーは言った。ジュリアスが小さく笑いながら頷いたのを確かめると、チャーリーはエアカーに飛び乗った。
「ジュリアス様、おおきにーっ」
 いつものチャーリーの元気な声だった。ジュリアスは去っていく彼に、手を振った。見えなくなるまで。

つづく
 


 

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