外伝8


 ベッドサイドに置かれたクロックの表示は、時間は午前二時。濃いブルーのLEDをじっと見つめていると、チャーリーの胸に思い出されるものがある。

 あの、ものごつっう青い目が好きやった。
 あんな目、宇宙中探してもたった一人しかいてへん。
 もう一生、見ることがでけへんから……
 よけいにあの目の青が深く濃かったように思えるな……。

 
 悶々とした思いに寝付けず、ジュリアスを思って自らを慰めようとしても、心に思い浮かぶのは淫らなものではなく、ただお茶を飲み、語り合い、笑い合ったことばかり。ただ一度だけ肌を合わせた夜があったが、その時の事を思い出せば、今の状態が悲しく辛く、とても自分の中から快感に繋がるような何かを引き出せる精神状態にはならないチャーリーだった。
 
 協力者としての生活が終わり、聖地との縁が切れるその最後の日、チャーリーは笑顔でジュリアスに別れを告げた。こういう結末になる恋だと承知の上での関係だった。縋って泣きわめいてもどうにもならないことだったし、どういう形であれ聖地に残り、ジュリアスの側にいたいと願うなら、それは、主星での生活の総てを捨てねばならないことだった。気持ちだけの事で言えば、チャーリーはそうしたかった。けれども、ウォングループの最高経営責任者という立場の一切を放棄して愛に走る自分を、ジュリアスは許してはくれないだろうことは 容易に予想できた。
 別れの挨拶にジュリアスの執務室に行った時、本当は抱き合って口づけを交わしたかった。ただそうしてしまえば自分の中の、タガが外れてしまう。一夜を共にした後、そういう機会は訪れなかった。協力者として聖地に上がるのは週末のみ。それとて常に誰かの目があり、せいぜいがお茶と会話を楽しむ程度の時間しか二人には無かったのだ。
 
 ジュリアス様もお元気で。俺も頑張りますからねー。ほな……さいなら〜っ。

 手をブンブンと振り回しながら、精一杯の作り笑顔でそう言った後、慌てて走り、ちょっと蹴躓いてコケてみせるベタなお笑いネタ付きで、チャーリーが、ジュリアスの元から去って、三ヶ月ほどの日々が流れた。
 
 当初の泣きはらした顔での出社は周囲を驚かせたが、出張先で貰ってきた季節はずれの強烈なアレルギー性花粉症……の言い訳が納得されたのは、次の日もその次の日も、一ヶ月近くもチャーリーの瞼は腫れぼったいままだったし、何かにつけて鼻を啜っていたからである。その時、チャーリーのプレーンとして側にいたザッハトルテでさえ、最初はそうだと信じていた。基本的に聖地での事は一切、他言無用であったし、まさか光の守護聖と深い仲になり、その別れに立ち直れず何かにつけて涙ぐんでいるなどとは思いも寄らなかったのである。チャーリーは、そういう状態でも、いやそういう状態だったからこそ、仕事に対してはいつも以上にキッチリとこなしていた。もう自分には仕事しか残っていないのだと……。二度と誰かに恋することも、例え遊びでも誰かと寝ることもこの先、不可能に思えた。自慰することさえもできず、チャーリーの中でまるで老人のように代謝が停滞してしまっているのだった。
 
 俺は、等価交換したんやな。あのジュリアス様と過ごした一夜と、その後の俺の総ての夜とを。後悔はしてへん。してへんけど……切ない……余りにも切ないやん。
 
 寝付けぬままに朝方を迎え、起きねばならぬ時間の二時間ほど前にようやくうつらうつらと眠気がやってくる……そんな日々がずっと続いてるチャーリーだった。

 

■NEXT■


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