外伝8


 
「……その強烈な花粉症は、少しはマシになってきたようですが、随分お痩せになりましたね……。それに顔色もずっと良くない」
「昨夜、よう眠れへんかったんや。……その……鼻がムズムズしてな……」
 ザッハトルテの視線を逸らして、チャーリーが言い繕う。
「今日の得意先との会食の予定はキャンセルしましたから、定時に帰宅なさって週末は充分に休息をお取り下さい」
 その日の終業間際、ザッハトルテはチャーリーの顔色のあまりの悪さにそう告げた。
「いや……大したことあれへんよ。別にキャンセルなんかせんで良かったのに」
 チャーリーはカラ元気でそう答えた。
「鏡をご覧なさい。その顔では先方にも心配をかけますよ」
 そう言われて、側にあった鏡を引き寄せたチャーリーは、力なく笑った。
「うわ。俺、こんな不細工やった? おかしいな……主星経済界一のオトコマエ、商才と美貌に溢れた若き青年実業家……ちゅーのが、俺のキャッチフレーズやったハズやのに」
「チャーリー、貴方の体調不良は、花粉症だけが原因では無いのではありませんか? プライベートな事が絡んでいるのならと今まで黙っていましたが、もし何か……」
 と言いかけたザッハトルテの言葉を、チャーリーはスッと手を挙げて遮った。
「心配かけてゴメンな」
 それ以上は今は何も言ってくれるな……そういう風にとったザッハトルテは、優しげな表情だけを見せて、もう言葉の続きを言わず頭を下げて去ろうとした。
「……あのな、落ち込むことがあってな。そやけど、もうそろそろ大丈夫やと思うねん。もうだいぶ落ち込んだから、後は這い上がるだけやから」と、まるで自分に言い聞かすようにチャーリーは言った。

 リチャードの言う通りや。いつまでも花粉症のフリもでけへん。ええ加減、立ち直らんと格好悪いで、俺! こんな俺をジュリアス様が見たら何て言わはることか!
 
 自分に喝を入れたつもりの言葉に、また泣かされる。ジュリアス様が自分を見ることなど二度と無いのだから……と。這い上がれるのは一体いつになるんやろ……と思うチャーリーだった。
 
 終業のアナウンスがウォン・セントラルカンパニー内に流れ、チャーリーはザッハトルテの進言通りに帰宅するべく立ち上がった。
「俺、コーヒー飲んでから帰るわ。お前も飲む?」
 チャーリーは帰り支度をしているザッハトルテに声を掛けた。
「そうしたいのはヤマヤマですが、この後、ブレーン室の飲み会がありますので」
「そうか……今日は給料日の後の金曜日か……」
「ええ。体調が良くなったら皆をまた誘ってやって下さい。では、お疲れ様でした」
「うん、お疲れ。接待、キャンセルしてくれてありがとう。お前の言う通り、週末はゆっくりするからーーー」
 そうチャーリーが言ったことで、少し笑顔になったザッハトルテが出て行き、一人になったチャーリーは、コーヒーを淹れるべくお湯を沸かしに部屋の片隅に設えてあるカフェブースへと入った。全自動のコーヒーサーバーには目もくれず、アナログなやり方で淹れる。
 俺の淹れたコーヒーは宇宙一、美味しい、ムッチャ美味しい……といつものように呟きながら。
 

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