ホールの壇上に、幹事の者たちが上がって一列に並んでいた。ジュリアスもその中にいる。レイモンドのいた所から戻ったチャーリーも促されるままに、壇上に上がった。
「さて、みなさん、宴もたけなわ。ここで、皆さん、お待ちかねの宝探しゲームの説明を致しますーー」
 と進行役が言うと、一瞬、ホール内がシーンと静まりかえった後、大喝采。
「これから我々、スタッフがこの名刺大の金銀ピンクのカードを二階内のどこかに隠しますので見つけてください。今年の金賞は社内特Aランチ十食分チケットが3つ、銀賞はBランチチケット5つ。銅賞は社内ティールーム飲み物券5枚綴りが、なんと十の大判振る舞い。そして、お待ちかねの特別賞!」
 キャーッという歓声が一段と高くなる。

「な……なんや、なんや? 特別賞って? 毎年、金賞と銀賞、銅賞だけやったやろ?」
 チャーリーは小首を傾げる。
「去年からできました。それが好評でね。今年もぜひにとみんなの要望で」
 と答えたのはブレーン室長。
「あ……そうか。去年は俺、最初の挨拶だけで席を外したんや……」
“そうそう。去年、急に取引先とのアポが入ったんや。ジュリアス様は残って忘年会に参加しはったらエエですよーと言うたのに、ジュリアス様ったら気ィ使こてくれはって、私も同行する……って言うてー。でも後で聞いたら、まだ下界に降りて間もなくで社内での人間関係も築けてない身で、しかも、こんなドンチャン騒ぎに慣れてなくて、一人でいるには不安だった……と言わはって。あの時の、俺に縋るようなジュリアスの目の、いつもと違った可愛らしさッ。そんなん言うたら失礼カモやけど、胸がキュゥゥンとしたでっ。それが今年はもうすっかり慣れて、幹事の一員として頑張ってはるとは……。で、特別賞と言うたとたん皆、盛り上がってるけど、賞品は何? そんなエエもんなん?”

「では、皆さんが食事などを楽しまれている間に幹事全員でカードを隠して来ますので、皆さんはこのホールからお出になられませんように。今年は特別賞のこのピンクのカードはチャーリー・ウォン社長に隠していただきます」
 自分の名前が出たチャーリーは、いまいちよく判らないのだが、そこはサービス精神旺盛なノリで、「まかしてや〜、難しいトコに隠すし、見つけてや〜」と手を振った後、ジュリアスからそのカードを受け取った。幹事たちはホールから廊下へと移動し、チャーリーもそれに同行する。一番最後になったブレーン室長にチャーリーは声をかけた。

「なあなあ、特別賞て何が貰えるのん?」
「幹事となった部署一番の美男か美女のキスですよ。望む所にして貰えるんです」
「あ、そうなん。それはオモロそうやないかー」
「ええ。去年は人事部のスカーレット嬢でした。それはもう盛り上がったのなんのって。お盛んな者が多い広報第二課の連中なんか、ディープキッス必至と雄叫びをあげる始末」
「うわ。あの清純そうな可愛い子かー。ようそんな企画、オッケーしてくれたなあ」
「カードを見つけたのは、幸いというかザッハトルテ副社長でして。頬にチュッと紳士的なキスを望まれて事なきを得ました」
「リチャードのヤツ、俺がいてへん間にそんなオイシイ事になっとんたんかー」
「長身のザッハトルテ副社長が大きく身を屈めて頬にキスを受けられる様は、なかなか良かったですよ。心を鷲掴みにされた女性社員は多いと聞きます」
「ふんっ、抜かりのないオッサンめ……。で、今年は誰がキスするのん?」
「幹事となった部署一番の美男美女と言ったでしょう、ジュリアスに決まってるでしょうが
 廊下を歩いていたチャーリーの足がビターーーーーーーーーーーーッと止まる。
「そ、……それ、…あぐあぐあぐ」
 チャーリーは言葉が出てこない。
「今年はうちが幹事と決まった段階で、特別賞はジュリアスのキスと決まったようなものでしたからね。秋からこっち、水面下で社員たちがどれだけ盛り上がっていたことか。それを、違う人物に差し替えるなんてことできませんよ」
「そ、そやけど、ジ、ジ、ジュリアス様が、しょ、しょ、しょうち…」
 ブレーン室長もまたジュリアスの前歴を知る数少ないうちの一人である。

「あれだけの前歴のあるお方なのにお偉いですよね。そういう余興も場を盛り上げる為ならと二つ返事で承知してくださって。というわけですから、しっかり そのピンクのカード、隠してくださいよ。二階フロア内、トイレ以外の場所ならどこでもいいですから」
「俺も探す方に回るぅ〜」
「ダメです。担当の課のボスが隠すことになってるんですよ。去年だって人事部長が、スカーレット嬢のチュウやったらワシかて欲しいがな〜とダダをこねたのをなんとか諫めて隠し役にさせたんですから」
「あ、そ、そや。もし時間内に見つかれへんかったら、キスはお流れになるのか?」
 そこに一縷の望みをかけてチャーリーは言った。
「そんなことになったらドッチラケですが、その場合はやむなく希望者全員でジャンケンです」
 こぞって挙手し、大ジャンケン大会になってしまうその場を想像し、ガックリと項垂れるチャーリーだった。
「ともかく適度な所に隠してくださいよ」
 そう言い残しブレーン室長が去ってしまうとチャーリーは、ピンクのカードを手にウロウロとし始めた。
“なんぼなんでも、公衆の面前で、ジュリアス様に堂々とディープキスをしてくれと言う輩はいてへんやろ……い、いや、むしろ言うかも知れん。……俺がもしジュリアス様に片思いしてたら、こんなチャンス二度とないわけやし、ディープとまではいかんかっても唇を奪って貰うくらいのことはするぅ! そ、それにレイモンドやクリスティーヌにゲットされたらどんなことになるか……アイツら自分が美形やと思ってとことん堂々とジュリアス様ラブ宣言しとるからな……ちょっと濃い場面が展開されそうや……ハァ……なんでジュリアス様のパートナーの俺がこんなことを……。そ、そや。見つかれへんかった場合のジャンケン大会、場を盛り上げる為と称して俺も飛び入り参加するという手はどうや? うんっ、これはアリやでっ。最後まで勝てるという確証はないけど、愛の力で勝ち抜く自信はあるでっ。俺、運は強い方やし! こうなったらものすごー難しいトコに隠してジャンケンに持ち込むしかないでっ”

 ブツクサと言いながらも、どこか適当な隠し場所はないかと辺りを見回す。
「ええっと、二階は大ホールの他に、小会議室が3つ、自販機などのあるロビースペースと……確か、折り畳みの椅子やら長机を収納してある部屋があったな……アカンアカン、真っ先に探されそうや……ともかくレイモンドとクリスティーヌにだけは取られへんようにしなアカン。お綺麗な二人が敬遠しそうな場所……ゴミ箱とか……い、いやや、ジュリアス様のチュウの当たるカードをそんなトコに隠すんは〜うう、どうしたらエエんや〜」
 苦悩するチャーリーはヨロヨロとエレベータ前のロビーまで移動し、とりあえずソファににへたり込んだ。
「そ、そや、この植木の茂みに……」
 と間仕切り替わりに置いてある観葉植物に目をつけた。……が。
「あっ、銀賞のカードがもう既にッ……ハァァ〜、アカン、もうそろそろホールに戻る時間や」
 トホホと視線を大ホールの扉へと映した時、チャーリーの視線にあるモノが映った。
 ホールの入り口近くの壁に、初代ウォンと二代目ウォン、特別に功労のあった者たちのの写真が掲げてある。
「よ、よしっ、あの額縁に……」
 チャーリーは慌てて立ち上がり、父親の額縁の前に言った。チャーリーが手を伸ばせば届くほどの位置にある。ガラスと枠の間の隙間にカードを挟み込んだ。丸見えではあるのだが、二代目ウォンの白いタキシード姿の上に重なっているため、薄いピンクのカードはそれと馴染んでいる。
「うん、これやったら俺より背の低い女性には根本的に届かへんし。頼むで、親父、ちゃんと隠しといてや」
 バンッと手を合わせて父親の写真を拝むチャーリーである。
“よっしゃ、まかしとき。お父ちゃんがちゃあんと隠しといたるから安心し……”
 という声が聞こえたような気がしたチャーリーは、とりあえずは気持ちを落ち着かせてホールへと戻った。
 

■NEXT■


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