チャーリーが戻ると、それが合図になったかのように場内がいったん静かになった。
「総ての賞が隠し終わりました。宝探しゲームは、午後二時ジャストにスタートです。後、少しありますからそれまでは食事を引き続きお楽しみください〜」
進行役がそう言い終えると、ホール内はまたガヤガヤと賑やかになった。チャーリーはジュリアスの側に行き、この特別賞の真意について声を掛けたいのだが、忙しく立ち回っているのとブレーンたちが絶えず側にいるのでままならない。仕方なく、宝探しとは無縁を決め込んでいる重役たちの席へと戻る。そこに澄ました顔のザッハトルテを見つけた彼は、三白眼を作りつつ躙り寄る。
「リチャード、お前〜、去年、エエ思いしたそ〜やなあ〜」
「ああ、特別賞のことですね。ええ、まあ」
「何がっ、ええ、まあ……や。今年の特別賞がジュリアスのチュウやて、知ってたなっ」
「知ってますよ。特殊一課が幹事と決まった秋に社員全員、察しましたよ」
「俺だけか、知らんかったんは〜、うう、悔しい……」
「まあまあ、たかが余興のキスひとつ。ジュリアスだって承知しているんです。グタグタ言うもんじゃありません、見苦しい」
ピシャッと言われて撃沈するチャーリーの背後で何やら一段と騒がしくなった。
「ん……な、なんや情報部の連中が固まって円陣組んでる……」
チャーリーはその様子を何事かと見つめた。
「いいか、情報部の威信にかけて金賞1銀賞3は奪い取るべしッ。開始直後、二手に分かれ、南北通路から中央までローラー作戦だっ。開始10分で、今年の隠蔽工作のレベルが知れよう。各班代表者は、一旦、本部に連絡を入れてくれ。今年は特殊一課だ、甘くみるんじゃないぞッ」
情報部部長の言葉を、チャーリーは唖然として聞いていた。
「な、何やねん……この気合いの入れよう……」
「毎年、情報部はこんなものですよ」
とザッハトルテはしたり顔で答える。とその時、二時のチャイムが鳴り、宝探しのスタートとなった。
「作戦名は、【緋絨毯の嵐】、諸君ッ、成功を祈るッ」
情報部長は、部下達を行かせると、ドッカッと椅子に座り込んだ。
「【緋絨毯の嵐】……って作戦名まで必要なんか……。そら廊下は紅い絨毯敷いてあるけど。それにトランシーバーなんか持ち込んで……ええんか……」
「あの部長は軍人上がりですし、情報部はマニアが多いですからね」
「そ、そやけど、まあ、金賞銀賞を狙うあたりはある意味、健全や……特別賞やのうて」
チャーリーは 眉をヒクヒクしつつ、ザッハトルテと一緒に、情報部長の近くのソファに座り込んだ。先ほどまでの喧噪が嘘のようである。残っているのは、自分たちの他は、年配の重役たちだけ。
ややあって例の情報部部長の持っているトランシーバーが鳴った。
「こちらジャック、進捗はどうだ?」
「やはり今年は難解ですっ。さすが社長のブレーンども、侮れませんッ。銅賞は安直に隠してあるものの未だ金銀は発見できず」
「そうか。では引き続き捜索を。ザコはいい、とにかく金だ、金賞の発見を優先しろ」
「イエッサー」
通信が切れるとそれを聞いていたチャーリーはあきれ顔で、「ザコって銅賞のことか? それにしても……何かアイツら間違ごうとる……。っーか、あの部長の名前、ジャックとちゃうやん?」と言った。
「コードネームらしいですよ……」
元々、情報部との親交が厚いザッハトルテは慣れているのがシレッとして答えた。
また通信が入る。
「ボスッ、銀、発見しましたっ」
「よくやった。しかし気を抜くな。他部署の様子はどうだ。我がライバルと成り得るのは警備課だが、ヤツらの状況は?」
「銅発見の声が上がっていたようです。銀、金は相当、分散されている様子」
「よし、これを以て、作戦は【緋絨毯の嵐】から【白亜の城壁】へと展開するッ。各班に通達。作戦は【緋絨毯の嵐】から【白亜の城壁】!」
「アイアイサー、作戦チェンジします」
「白亜の城壁ってドコやねん……なあ、ザッハトルテ……うちの情報部って一体……」
情報部の行動に、毒気を抜かれたチャーリーは、しばし特別賞のことを忘れて、トランシーバーを通じてやり取りされている彼らの声を聞き入った。だんだんとテンションが上がっていく。
「こちらジャック、残り10分ッ。その後、どうだっ」
「ダメです、廊下を匍匐前進で進み、低視線から調査するも、未だ金、発見出来ず。む、無念ですっ、もう疲れました」
「貴様ッ、何を弱音を吐いている? 大体、貴様は日頃から諦めが早すぎるッ。先日の経主星主催済工業博覧会でもあまりの混雑に負け、情報収集を怠ったな? ええぃ、お前は情報部にはむかん。辞めてしまえ! この俺が今すぐ左遷してやる!」
「そ、そんな〜〜、せ、先月、下の子も生まれたばかりで……」
「…………………………すまなかった……少し言い過ぎたようだ……。私も少し頭を冷やそう……」
ものすごい溜めたあと、額に手を当てて謝るジャック。チャーリーは何故か同じようなポーズを横でとりながら聞き入っている。
「あっ、い、今、金、発見ッ、金ゲットしました。ロビーのソファの下に金カード発見ッ」
「よしっ、よくやったな。おめでとうッ、君の地道な苦労が報われたッ」
「部長……い、いや、ジャック、これで金1、銀3ですっ」
「ノルマは達成だ。特別賞はどうだ?」
とコードネーム・ジャックこと情報部長がそう言った言葉に、チャーリーはハッとし、耳をさらに澄ませた。
「まだです。受付課と庶務課の女性たちが血眼で探していますが見つからず」
「では、A班には特別賞を優先して探し出すよう指令を出す! いいか、特別賞を発見したら、闇取引に応じろ。金賞との交換は可! 銀、銅は無視しろ」
「先ほど、秘書部・受付、クリスティーヌ嬢より当方が発見した場合、交渉したいと申し出ありッ。いかがします?」
「受付課との合同コンパなら可能、繰り返す、合コンなら取り引きに応じると伝えろ」
もはや開いた口がふさがらないチャーリーである。
「リチャード、俺、個性重視の人事、これからちょっと考えるわ……」
「しかし、彼を含め、情報部は全員、優秀ですよ」
「いや、そやけど…………」
「トップが貴方では、お固い人は辛いでしょう、この会社」
「お前、堅物やないか。ジュリアス様かてどっちかというと固いやん」
「ですから私とジュリアスは、WCCの良識……と言われています」
ザッハトルテは、生暖かい目でチャーリーを見た後、お茶をすすった。と、その時、ふぁんふぁんふぁん……と妙なサイレン音がし、ゲームの終了を告げた。ぞろぞろと引き上げてくる社員たち。その中に数人が、銅賞を見つけただの、銀だったなどとカードをヒラヒラさせている。
ジュリアスたち幹事は、そのカードと賞品の交換に応じて忙しくしている。さっきまでチャーリーの横でトランシーバー片手に指示をだしていた情報部部長もいつの間にか、部下とともに交換場所にはせ参じ、勝利のポーズを決めていた。
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