と、その時、ホールの片隅で、警備係をしている巨体の男性の声の「うおっ」という野太い声がした。二メートルを超す堂々の体格の持ち主の彼は、その風貌からクマさんとあだ名されている。
「オレ、なんとジュリアス君からのプレゼントが当たったっすよ!!」
  ジュリアスの前歴などまったく知らず、いかにキレ者の美形であろうと、自分よりも後から入社の年下社員の認識しかない彼は、堂々とジュリアスを君付けで呼ぶ。
 彼がそういうと悲鳴に似た羨望の声があちらこちらから上がった。クマさんのごつい手には、ジュリアスからの美しい植物の写真集が握られている。 結構大判のはずの写真集が、小さな絵本のように見える。
「さっきの養毛剤とはエライ違う、不釣り合いなトコに渡ったな……」
 チャーリーは笑いを噛み締める。
「きゃーっ、交換してぇ〜」
「譲ってぇっ」
「僕、買いますッ、言い値で買いますよッ」
 たちまちのうちに声があがる。貰ったプレゼントの交換、譲渡は、恨みっこ無しで自由にしていいことになっている。そこらあたりまでを含めての余興……ということになっているのだ。
 クマさんは、あっという間にジュリアスのファンたちに取り囲まれている。

「大食漢のクマさんをバイキングから遠ざけるのにちょうどエエことになってますがな」
 と古参の人事部長がコテコテの方言で言いつつ、チャーリーに近づいて来た。
「部長は何を貰ろたん?」
 チャーリーは、シュガーちゃんのCDをヒラヒラさせつつ言った。
「ワシは靴下ですわ。サイズも合うから良かった」
「柄もエエやん。三足組と違う一足だけのかなりちゃんとしたヤツや。送り主は秘書課のクリスティーヌ嬢や〜」
“ははぁーん、クリスティーヌめ、この靴下、ジュリアス様に当たることを願って選んだ品やな……、くくく、それが人事のおっさんの手に。ご愁傷様〜”
「元ミス主星のべっぴんさんからのブレゼントやて、勿体のうてよう履けんわ。それに、高いで有名なブランドもんでっせ。ここぞという時の勝負靴下にしよ」
 超一流会社の重役とは思えない会話である。
「それにしても誰が俺の当たったんやろ……いつもやったら、当たったーって挙手の自己申告あるのになあ」
「ははは、今年はジュリアスがいてまっさかいなー。ボンのプレゼントも霞むわ」
「ボン、言うな〜」
「堪忍、堪忍。去年、ジュリアスは……こっちに来はったばっかりで、忘年会には不参加でしたからな。この一年でだいぶ慣れはりましたなあ。社内のモンとも親しくならはって。生まれ育ちも違うのにようもまあここまで……グ スッ」
 ジュリアスの事情を知っている人事部長は小声でそう言って涙ぐむ。
「うん。それはホンマに良かったと思ってる」
「みんな和気藹々や。ええ忘年会や。良かった良かった」
 満足そうに二人は頷くのであった。それからしばらくしてプレゼント交換会は落ち着き、各々プレートを片手に立食となった。チャーリーは皆の間を回って、一年の労をねぎらう。ぐるっと一回りしたところで、例のクマさんたちのいる警備課の者たちが固まっている場所まで来た。クマさんの横で、秘書課の元ミス主星クリスティーヌ嬢と翻訳部の美青年レイモンドが、ジュリアスのプレゼントを巡って最終決戦に入っていた。ジュリアス・ラブを公言し憚らない超絶美形の二人を前にして、他の者たちは一人、また一人とゲットを諦めて勝ち残ったのがどうやらこの二人のようだった。
「ひどいわ……いじわる……」
 クリスティーヌはついに涙ぐみ出した。
「レイモンド、譲ってやれよ。男のくせになんだよ」
という非難の声が回りからかかる。
「男も女も関係ないよ。ジュリアスが選んだ品なんだ。僕だって欲しい。公平にジャンケンにしようって言ってるだけじゃないか」
 レイモンドは引き下がらない。
「ケツの穴の小さい男だな、写真集の一冊くらいで」
 それは彼にとってはむしろ褒め言葉だが、一応そこまで言われてゴネる勇気は彼にはないようだった。
「…………わ、わかっ……」
 レイモンドが最後まで言い切らないうちに、パッとクリスティーヌの顔が輝いた。
「ありがと、レイモンドッ。あなたも素敵。ジュリアスほどじゃないけど」
 写真集とジュリアスの手書きのメッセージカードを鷲頭掴み、サッサと去っていく彼女。
「見たかいっ。嘘泣きだよっ。だから女ってコワイんだ。男の方がどれだけ純粋だか知れない」
 悔しがるレイモンドの肩を、チャーリーはポンッと叩いた。
「残念やったな……」
「社長〜、ジュリアスに忠告してください。あの女には気をつけろって〜」
「うんうん、言うとく。でも彼女、悪い人やないで。ああ見えて努力家やし、仕事はしっかりしてるし、マナーもさすがやし……」
「わかってますよッ、一応、まあ綺麗だし、性格はサバサバしてるし、男に媚びたりしないんです。ジュリアス以外にはッ! ジュリアスだって彼女がミエミエの下心アリって判ってるくせに、彼は優しいから!」
「そやねん! 懐が大きい……ちゅうのん? 来る者は拒まずってトコあるし……」
「懐が大きいのは認めますが、来る者は拒まずじゃないですよッ。現に僕もクリスティーヌも拒まれてばかりじゃないですか!」
「ちょーー待って。拒まれたこと……あんのん? つまり迫ったことが……」
「ありますよっ。っーか、毎日迫ってます。挨拶代わりに」
「…………」
「そりゃジュリアスには許嫁がいるらしいですけども……」
 チャーリーは、こめかみあたりをヒクヒクさせながら、さらにレイモンドに近づいた。少し前からジュリアスについての噂が一人歩きしているのは、チャーリーも知っている。
「なあなあ、ジュリアス様の事、どこまで知ってる?」
「え?」
「プロフィールとか……いろいろ」
「主星出身、幼い時、親の仕事の関係で、辺境の星へ移住。そこでは、主星との経済格差の激しかったため、王侯貴族同様の暮らしをしていた……」
「ふんふん、それから?」
「その星の王族とも当然、親交があり、親同士の決めた許嫁がいるらしい。相手が王族なので安易に婚約解消も出来ず現在に至る」
「なるほど。で、俺とジュリアス様は一緒に住んでるわけやけど、それについては?」
「ジュリアスとは、社長の母方の親戚ではないんですか? 社長のお母様はどこかの貴族出身の方で、ジュリアスもそちらの血筋だと。社長とジュリアスは従兄弟同士にあたり、小さいころから兄のようにジュリアスを慕って、尊敬されていて、それで未だに敬語を……。ジュリアスは、辺境の星から経済を学ぶため主星に来て、親戚であるウォン家の館に住んでいるのだと聞きましたが……」
「ふんふん、概ね……まあその通り……のような……」
 チャーリーは適当に頷いた。その噂の出所は、誰あろうチャーリー自身である。ジュリアスが入社した時、適当に流しておいたものだ。が、許嫁の話はあとから付いた尾ひれである。
「許嫁がいて、いずれその星に帰って結婚するとしても、今はフリーなんだから……少しくらいは……」
 とシンミリとレイモンドは俯く。
“う……ゴメンやで、レイモンドッ。ジュリアス様にはなあ、心から愛するがいてるんや……。あれだけのお人やから、お前がジュリアス様に惚れる気持ち、判るけど、諦めて や……”
 チャーリーはビミョーな気持ちになりつつ、心の中でレイモンドに謝った。
「だから、今日の特別賞はなんとしてもゲットしなくては! そうすればジュリアスだって僕に情ってものも湧くかも知れない……」
 レイモンドはキッと顔をあげた。凄まじい闘志が、整った顔立ちをよりいっそう美しく見せている。
“キ、キレイや……思わず、ウットリしてしもた……、って、特別賞って……何? 情が湧くって一体……”
 それを聞こうとした時、進行役のブレーンから、「ボス、ちょっとこちらへ。そろそろ次の余興ですーー」と声がかかった。
「いよいよですね。僕、頑張りますッ」
 レイモンドはチャーリーの手をガッシと掴んだ。
「あ……ああ、なんか知らんけど、頑張ってや」
と、曖昧に答えたチャーリーであるが……。
 

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