二日後、チャーリーの心肺機能は順調に回復しつつあった。怪我の方はそうはいかなかったが。安静を条件にチャーリーは主星へ戻る許可が下り、その帰路の日数を利用して、難易度の低い手術や怪我などの回復治療システム、メディカルリカバリーシステムに入ることになった。後、一時間もすればシャトルはセプター5から飛び立つ。今はジュリアスを側にし、シャトル内の医療室のベッドに横たわっているチャーリーだが、発進後は、一般客とメディカルリカバリーシステムに入る患者とは隔離状態にされる為、再び、ジュリアスと引き離されることになる。
「主星に着く頃には、体調も戻ってるし、怪我もほぼ完治やそうです。また逢えへんようになるのは寂しいけど、早よいつもの生活に戻らんと、仕事も溜まってるし……コホッ……アッチの方も溜まりすぎて臨界点突破しそうやし……っーか、もう既に一回突破して恥ずかしながら一人えっちで……」
最後の方はゴニョゴニョと小声で言うチャーリー。
「ジュリアス様、この際やから聞きますけど、かれこれ二週間ほど何もナシで、俺を見て、こう……ムラムラッと込み上げるものはないんですか?」
「ない」
ジュリアスはそっけなく答える。その視線の先は、携帯端末に注がれている。主星のザッハトルテ宛てに定期連絡のメールを打っているのだ。
「そやけど、例えば、こうして……」
チャーリーはベッドから半身を起こすと、人気のないのを良いことにジュリアスの空いている方の手を持ち上げ、その指先を自分の頬から唇へと誘う。そしてとても怪我人とは思えぬ素早さでジュリアスの顔を引き寄せると、軽いものではあるがキスをした。
「これで少しはムラムラとしたでしょ?」
抑揚を押さえた情感の籠もった声でチャーリーは囁く。
「いや、別に」
ジュリアスはカチカチと音を立てて端末機を操作し送信ボタンを押した。
「う……うう……」
チャーリーは突如としてベッドに倒れ込み身悶える。
「どうしたッ、どこか痛むのか?」
ジュリアスは慌ててチャーリーを覗き込む。
「アカン……やぶ蛇や……。ジュリアス様をムラムラさせるつもりが俺のムラムラ・スイッチONになってしまいました〜〜」
「では、早くOFFにせぬか」
「そない簡単にOFFになるもんですか。今、俺のムラムラスイッチは、ONとONしか無い〜〜」
チャーリーは必死の形相でジュリアスを見上げつつ問う。
「なんでジュリアス様は少しもムラムラせぇへんのですか〜? そら、理性でもって押さえてはるんやと思うけどもー。一体、どういうタイミングでONになるのか知りたいわー」
「ふむ……。そなたの言うところのムラムラスイッチが入るのは、房事の条件が整い……」
「それって、週末、夜の帳が降りて、食後……の事ですかぁ」
「そうだな。例外もあるが、それが好ましい。相手の合意があり、そして【いたす】と思ったその瞬間であるように思う」
「それやったら、【いたす】と思わん限りはONにならへんと?」
「恐らくそのように思うが。そなたとて【いたしたい】と思えばこそONになるのであろう?」
「いや、そらまあ、そうカモですけども〜。……ん……んん? ちょっと待って。そしたらですよ、条件が整い【いたす】と思えば、もしかして、その場に誰がいても【いたす】対象ということではないでしょうね?」
チャーリーは再び、カパッと体を起こした。
「ははは、そうかも知れぬ。過去に於いて、褥係の者がいた頃はそうであった。そなたに特定してからは試したことがないから判らぬが」
あっけらかんとそう答えられてチャーリーはマジマジとジュリアスを見つめた。
“もしかして俺以外でもその場にいてたら誰でもOKか? ……あ、あり得る、なんかメッチャ、有り得そうや……なまじ高貴な人はこんな事に寛大やからな……”
「ジ、ジュリアス様、絶対に絶対、俺だけを特定にしといて下さいよッ。条件が整って相手の合意があっても!! スイッチはOFFのまま、いや、ブレーカーから落として!」
「今の所はそなた以外を特定にするつもりはないから安心せよ。興奮してないで静かに横たわっていなさい」
ジュリアスにそう言われてもチャーリーはまだ納得しかねる様子でムスッとしたまま、横たわる。
「なかなかOFFにならへん」
チャーリーは拗ねたまま、体を丸くした。
「OFFにしてやりたい気持ちはあるがこのような場所であるし、まだ安静にせねばならぬ身なのだ。元気になって主星に戻ることが先決であろう。なんとかここは収めよ」
ジュリアスはそっとチャーリーに毛布をかけてやる。
「判りました……。その代わり、戻ったら……すぐに……約束ですよ」
と言いながら久々にチャーリーのもうひとつのスイッチ、妄想スイッチが入る。
“館についたらまずとるものもとりあえず押し倒す! 久しぶりのことやからタラタラとイチャついてる余裕はあれへんからソッコーでまず【いたす】やろ。んでその後、今度はねっとりとたっぷりイチャつくんや! 俺は怪我してこんな状態やったけど、ジュリアスはまるっきり健全やったわけやから、なんぼ理性でOFFになってても、いったん【いたす】モードになったら、実は体は正直でかなりのムラムラもんになってるハズ! そこで俺がジュリアス様の体を、喋りで鍛えたこの舌先で舐めつくし、ジュリアス様の理性を粉砕や。名付けて【カラダは正直やで大作戦】……ってそのまんまな作戦名やけど。……チャーリー、ならぬ、それ以上は、もう……ああっ、うっ、くっ……、ふふ、ジュリアス様と俺との間の事やし、なんぼ喘がはってもかめへんのです、いつもは俺が啼いてばっかりやけど、たまには……ほら、こんなことも……うひひひ〜、これって襲い受けってこと?”
毛布の端を掴んでクシャクシャにし出したチャーリーに、ジュリアスのこめかみが軋む。
「ま、また何か、よからぬ想像を……ムラムラとか妄想とか、そなたには一体幾つのスイッチが……」
とその時、看護師がやって来た。
「メディカルリカバリーシステムをご利用のウォンさんですね?」
「ええ、そうです」
とジュリアスが代わりに返事をする。
「まあ……こんなにすっぽり毛布を被って、端を強く握りしめて……。事故のショックでシャトルに乗るのにトラウマがあるのでしょうね。
シャトルの回路に不備があったとか、テロの可能性もあるとかいろいろ報道されてますものね……お気の毒なことでしたわ。でも大丈夫ですわよ! 帰路、小川のせせらぎや鳥の囀り……そういった自然のBGMの中、ほとんどが夢と現の境状態で睡眠をコントロールしてその間に集中治療しますから。まさに夢心地での治療なんですよ。心療内科のドクターもおりますし体制は万全です。主星に到着される頃には見違えるほど元気になられてますよ」
明るく潔癖そうな看護師の言い様と、チャーリーの脳内とのギャップに耐えながらジュリアスは、妄想に入ってます……とも言えず、「よろしくお願いします」と答えるしかないのだった。
ともあれ、こうしてチャーリー・ウォンは無事、主星へと戻ったのだった……。
|