そして一ヶ月後、チャーリーが第二チタングロニウム鉱山のある辺境小惑星メレンゲに出発する日がやってきた。チャーリーとジュリアスは、主星第一宇宙港のメレンゲ行きのポート内にあるVIP待合い室に通され、シャトル乗り込み時間が来るのを待っていたのだが、出された飲み物を飲んでしまうと、なんとなく手持ちぶさたになり、珍しく会話も途絶えてしまった。ふう……と溜息をついた後、チャーリーは俯いた。そして……。
「十日間もそなたと離れるのは寂しいぞ、チャーリー」
 とチャーリーがふいにジュリアスの真似をして言った。さらに一人で会話が続く。
「俺もです、ジュリアス様。この一年、ずっと一緒やったから、もしかしたら十日間もジュリアス様ナシでは脱水……脱ジュリ症状で死んでまうかもしれん。うぐぐ……。私もだ、脱チャリ症状で人格崩壊してしまうかも知れぬ……。お互いそうならぬよう時間の許す限り触れあっておかねばならぬ。もっとこっちに、チャーリー。はいっ、ジュリアス様、スリスリスリ」
 ジュリアスはいつものことと思いつつも呆れた顔をしてわざと冷たく、「そのような回りくどい一人芝居なとせずに普通に近くに来られぬのか?」と言った。
「そやかて、いきなり躙り寄ったら、このような場所で何をする! とか言うて怒られそうやし……」
 そう言いながら向かい合わせに座っていたチャーリーは、ちゃっかりとジュリアスの横へと移動する。
「なんぼ俺かてこんな場所でナニしようなんて思ってませんよぉ。そやけど、ホンマ十日間も離れ離れやなんて。この一年、ずっと一緒やったし。そら、一日くらいは別々言うこともあったけど。それに概ね、喧嘩もせぇへんかったし、週末に一回として五十二回、たまに一夜に二回とか、平日にもやったりして……なんやかんやで……俺の計算によるとこの一年で確か九十 八回……」
 その回数が何なのか理解してしまったジュリアスはこめかみに手をやった。
「そのように勘定するものではない。しかし、よくもまあそこまで正確に回数が……」
 誰もいないのに小声になるジュリアスに、チャーリーは、ほわわん〜とした顔付きのままお構いなしに喋り出す。
「たった一度でええから……思い出でええから……と思てたのに、一緒に主星で暮らせるなんて夢のようやったし、いっぺんいっぺんするだびに覚えておきたいと思てたから。一期一会の気持でしたからねえ。ジュリアス様、ありがとぅ、九十 八回のえっち」
 この男は……と思いながらジュリアスはチャーリーを見る。が、苦言が何も出てこない。ただ呆れると同時に、馬鹿馬鹿しく可笑しい。
「それでは九十九回目は帰ってからのお楽しみということだな」
 ジュリアスもチャーリーが相手だとこのような事も何ということもなく言える。
「そら、ホンマに楽しみや〜〜」
 チャーリーが嬉しそうにそう言った時、搭乗開始アナウンスが聞こえてきた。チャーリーは名残惜しそうに、ゆるゆると立ち上がる。後から立ち上がったジュリアスをガッシと抱きしめた。
「俺がいてへんからって浮気はあきませんよっ」
「浮気……の予定はないが、そなたがいない間、ランチとディナーの予約でいっぱいだ」
 ジュリアスはチャーリーに抱きしめられたまま、笑いながら言った。
「むぅぅ、皆、油断も隙もないわッ。ランチの予約は、食堂のおばちゃんと、受付嬢、それに翻訳部のイケメンでしょッ。ディナーはザッハトルテ、それにフィリップあたりかな? 他に誰かいたとしても、絶対、食事だけですよッ」
「わかった、わかったからその手を外しなさい。身動きがとれぬではないか」
 チャーリーは仕方なく手を緩める。自由になった両腕で、今度はジュリアスがチャーリーを軽く抱きしめた。
「そなたこそ彼の地では随分人気者だというではないか? 滞在期間を延長してくれと頼まれても決してそんなことはしないでくれ……」
「ジュリアス様……」
“くーっ、なんやかんや言うても俺がいてへんと寂しいんや〜。眉間にキュッと皺寄せて、そんな切なそう顔して、なんちゅー、嬉しいことを言うてくれはんねん〜。もうその言葉だけで、チャーリー・ウォン、イッてよぉし〜”

「スケジュールがギリギリなのだ。そんなことになったら後の調整がつかぬからな。室長からもくれぐれも帰星日時は厳守と……ん? チャーリー、どうした?」

“ち、ちくしょう〜、仕事の心配やったんかー、ええーい、ジュリアス様のアホ〜。俺の事、いつっももて遊んで〜っ”

「ともかく元気で。接待があっても飲み過ぎには注意するのだぞ。生水にも気をつけて。忘れ物はないか? ああ、そうだ、無造作にパスポートと身分証を尻のポケットに入れるでない。落とさぬようにな」
 
“しかも、子ども扱いや……”
 口を尖らせてやや俯き加減で恨みがましくジュリアスを見るチャーリー。
 
「チャーリー」
 クイッ……と顎が持ち上げられた後……。ジュリアスのキスは、挨拶のような軽いものではなく、思いがけず濃厚……。その瞬間に、チャーリーのうっぷんは総てご破算となる。
「えへへ……そしたら、俺、行ってきますね……えへへ、えへへ、うへへへ」
 口元を拭いながらチャーリーがデレデレになりつつ扉を開ける。
「顔を元に戻さぬか」
「無理! うひひひひひ。もう、ジュリアス様ったら、こんなトコで予想外のあんなディープなキス〜、も〜、も〜、バシバシバシ」
 パスポートで廊下の壁をしばき倒すチャーリー。通りすがりの人が、ギョッとして見ていく。とその時、搭乗を促すアナウンスがもう一度入った。
「はっ、大切なパスポート、折れ曲がってしもた! えらいこっちゃ〜。アホなことしてる場合ちゃうわ。ほな、ジュリアス様、留守中よろしくたのみます〜」
 こぼれ落ちんばかりの笑顔でチャーリーは慌てて駆けていく。そして、搭乗口で彼は振り返り、ジュリアスに向かって目一杯、手を振ってから消えて行った……。
 

■NEXT■


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