こうしてチャーリーが第二鉱山へと旅立って一週間が過ぎた。予定通りならばチャーリーの乗ったシャトルは、そろそろγ(ガンマ)エリアに入ろうかという頃だ な……とジュリアスは思う。主星を起点として、 α(アルファ)から、β(ベータ)、γ(ガンマ)……と分けられた宇宙域の最辺境区域であるε(イプトロン)域に、第二鉱山のある惑星メレンゲが存在している。ガンマ域以降は、一般の観光シャトルは、ほとんど行き交うことのない辺境地と呼ばれ、その通信手段も非常に曖昧になってくる。個人的な通信は、幾つかの中継ポイントを介してのみしか確立できていないため、短文の電子メールでさえリアルタイムには届かず、三日ほど遅れてやってくることもある。シャトル運航に必要な情報や、緊急用の通信はさすがにそんなことはないのだが。ともあれ、チャーリーからは無事に向こうに到着し 、運動会は大盛況で、無事帰りのシャトルに乗った……までの報告メールは届いていた。
 ガンマ域に入れば、テキストベースのメールならば、数分ほどのタイムラグで届くし、高額ではあるが特別料金を支払い通信ブースを借りてモニター越しに通信することも可能だった。

 コーヒーを飲み終えたジュリアスがカップを置いたと同時に、扉がノックされ、軽い空気音と共に開く。
「なんや〜、静かやなあ〜」
 とチャーリーを思わせる方言で入ってきたのは、先代の幼なじみで同郷のウォン・グループ最古参の人事部長だった。 パッと見は、いかにもタヌキ親父といった容姿なのだが、主星を代表する一流企業の人事部長の肩書きに相応しい身なりをしているし、方言丸出しで話さなければ恰幅の良さもあってなかなかのナイスミドルぶりである。
「社長に頼まれてた書類、持ってきたんや。帰ってくるまで日にちがあるけど、忘れんうちに……と思うてな」
 バインダーを人事部長は、ジュリアスの机の上に置いた。自ら持参ということは……と思い、「極秘文書ですか?」とジュリアスは問うた。
「そや。個人プロフィールやし人目には付かんようにしといてな」
「わかりました」
 さっそくチャーリーの書類庫に納めようとしたジュリアスに、人事部長が声を掛ける。
「ジュリアス様には目ェ通しといてもろて……と社長が言うてたでぇ。今、行ってる鉱山の人事と関係有りやから、戻ってきたら何ぞ動かなアカンのやろ。ザッと目を通してから書類庫に入れといてぇな」
「承知しました」
「ボンは、後、三日ほどで帰ってくるんやろ?」
 ボン……坊やの意味である。何しろ、チャーリーのオムツを取り替えた事もある人事部長は、時々、チャーリーの事をそう呼ぶ。
“ボンは止めてぇやッ。俺、オッチャンの上司やんかー!”
“ボンかて、ワシのことオッチャン言うやないかー”
 お互い顔をつきあわす都度、挨拶代わりにそう言い合う。止めてというわりにチャーリーはちっとも嫌そうではない。だが、ジュリアスやザッハトルテ以外の他者がいる所では、二人とも、ほぼ主星標準語で 素っ気なく、社長、部長と呼び合っている。

「予定ではガンマ域に入ったと思われますが、まだ直接、連絡は来ていません」
「高っかい特別料金やけど、直通可能になったとたん連絡して来よりますで。“ジュリアスさま〜、元気にしたはりますかー?”言うてな。ホンマ、社長言うたらアンタにぞっこんなんやから」
 人事部長はジュリアスの過去を知る一人である。だが、ザッハトルテと同じように、チャーリーが、一方的にジュリアスに憧れているのだと思っているのだが。この場合の発言も、 もちろんそれを踏まえた上でのことなのだが、言われた方のジュリアスは些か、困ったような照れたような表情をしながら、曖昧に頷いた。
「ほな、そろそろ失礼しますわ。あー、そやけど、ホンマ静かやな。無駄口聞かんでええ分、仕事がはかどってエエわな、わっはっはっは 。そしたら、ボンから通信が入って、帰りの到着日時がハッキリしたら連絡してや〜」
 豪快な笑い声と共に人事部長が去っていくと、また社長室静かになった。ジュリアスはクスッ……と笑う。チャーリーが長期の出張に出て、誰も彼もがジュリアス相手に「静かになっていい」だの「息抜きができる」だのと言う。そのくせ最後には「いつ戻るのか」と聞き、いるべき者の不在を寂しがって戻っていくのである。
 ジュリアスは、人事部長の持ってきたファイルを開けた。レベル3の判が押してある。合法範囲内ギリギリで調べた個人プロフィールという意味がある。そこに記載されている数名の個人ファイルは第二鉱山労働者のもので、些か眉を顰めるような経歴ではあるが、それは既に解決してから鉱山入りしているので一応は何の問題も無い。現在に於いては一人だけ金銭的なトラブルを抱えている者がいたものの、他は概ね法に関わるようなことは無い……と記されていた。
 “この調査表の人物についての人柄を実際に見るためもあって、彼の地に赴いたのだな……”
 ジュリアスは、書類を保管庫に納めた後、再びマシンに向かい、入力途中のデータを打ち込み続けた。半時間ほどして、隣室のブレインルームの扉が開いた。室長がぼうっ……とした顔で、「ジ……ジュリアス」と手招きしている。
 ブレインたちの長である彼もまたジュリアスが何者であったかを知っている。ジュリアスと敬称を付けずに接し、言葉使いも部下に対するそれだが、それ以外の態度はジュリアスに対して敬意を払っている。何も言わずに、こちらに来いとばかりに手招きなどは絶対にしない。その様子にジュリアスは不審に思いつつ立ち上がる。開け放たれたブレイン・ルームの中は、どこか異様に空気が張りつめていた……。
 皆、一様に窓とは反対側の壁にズラリ……と並べられているモニターを見つめている。主星のニュース専門放送局General News Network 略称GNNから配信されているニュースが、各エリアごとにチャンネルを変えて映し出されている。ブレインルームでは、こうして常時ニュースがつけっぱなしにされているのだが……。
 室長は、無言のまま……というより言葉が出ない様子で、視線でモニターを見るようにジュリアスを促す。
「い、今……臨時ニュースのテロップが流れて……」
 室長が辛うじてそう言った時、ひとつのモニターの画面が切り替わり、女性アナウンサーが映し出された。皆が一斉にそちらのモニターを見つめる。

「番組の途中ですが、ただ今入りましたニュースをお伝えします。主星時間の本日、午後一時二十五分、イプシロン域エンガディナー宇宙港発、主星行きのシャトルS−385便が、ガンマ域に突入後、消息を絶ちました。このS−385は、ビジネスクラス専用便となっており乗客約二百五十人総てが主星域にある企業関係者と見られます。搭乗者リストの中には、視察より帰路についていた主星政府外宇宙経済担当大臣バニラ氏の名前もあり安否が気づかわれます……その他の搭乗者の中では……」

「やっぱり……ボスの……乗っているシャトルです……よね? 消息を絶ったって……一体?」
 スタッフのひとりが呟いた。その声と重なるように、アナウンサーが「……ウォン・グループ代表ウォン氏、シナモン工業社長スフレ氏……」と名前を読み上げた。ジュリアスは 、モニターを見つめたまま、動けない。
 

■NEXT■


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