つい前日、身分証の正式登録をし、事実上、聖地とは無縁の一般人になったジュリアスは、二度と来ることもないだろう……と思われた場所、外務省聖地管轄課……。
 チャーリーとジュリアスは担当者の案内で、その聖地管轄課の中でも滅多に誰も足を踏み入れることのない一室へと案内された。扉だけしかない、窓も家具も照明も何もない小部屋である。今は扉から差し込む光があるので、内部が薄ぼんやりと見えてはいる。この部屋そのものが聖地と繋がっている転移装置になっているのだ。担当者自身もそれを使ったことはないし、こちら側から何ひとつ操作はできない。

「部屋の中央にお立ち下さい。私が扉を閉めますと、当然、真っ暗になりますが、どうか慌てないでください。ほんの一瞬のことですから。すぐに明るくなります。そうしたら扉から出てください。そこが聖地です。聖地側の担当者が控えているはずです」
 チャーリーとジュリアスにとっては十二分に承知していることだが、担当者は前例に則り、神妙極まりない顔をしてそう告げた。二人が小さく頷いたのを確認すると、一礼した彼は、自分だけは退室して、うやうやしく扉を閉めた。彼が言ったように一切の明かりが消える。直ぐさま、何の照明も無いはずの部屋の天井自体がぼんやりと光りだす。二人はそれを合図に扉を開ける。

 そこは聖地ーーーー。
 
 扉の向こうに担当官が立っている。主星の担当者のようにスーツ姿ではなく、蔦模様の刺繍装飾の施された白い長上着を着ている。クラシックな貴族的なスタイルなのだが、どこか未来的でもある。不思議な印象の衣装が聖地人らしい。
「ウォン・グループよりお越しのチャーリー・ウォン様と同行者の方ですね?」
 彼は二人を見ると一礼した。若いこの青年は、ジュリアスが守護聖であったことを知らず、また知らされてもいないようで何の反応も示さない。
「聖地滞在時間の申請は二時間まで、場所は中央庭園内のカフェの敷地内のみとなっています。お二人はこれより王立軍外部者機関の監視下に置かれますので、万が一、指定の場所や時間を超えて行動された場合、護衛官が動くことなりますのでご注意下さい」
 彼はそう言って、チャーリーに手のひらに治まるほどの通信機を手渡す。
「作業を終えられ庭園からこちらに戻られる時、あるいは、何かお困りの事がありましたらこちらのスイッチを押してください。では、庭園のカフェまでご案内いたします」
 礼儀正しくそう言った担当官を、チャーリーが止めた。
「庭園までの道はよく知っています。規約外の行動も一切致しませんので、もし許されるなら、もうここからは私ども二人で行動させていただけませんか?」
 担当官は一瞬、考えた後、それを了解した。古参の執務官に、『お二人に対しては、くれぐれも無礼の無いように。もし何かを望まれたなら、上の了解を取らず、直ぐさまお受けせよ』ときつく言い渡されたことを思い出した。何故、この二人が特別扱いなのかまでは教えて貰えなかったが……。

 チャーリーとジュリアスは、建物の外へと出た。主星の季節は真夏だが、聖地では、早足で動けばやや汗ばむ程度の穏やかな初夏のような気候だ。空も素晴らしく青い。
「ああ……聖地……ですねぇ」
 と空を見上げてチャーリーが言った。
「そうだな……」とジュリアスが答え、庭園へと歩き出す。女王宮殿や守護聖たちの執務棟へと続く大きな道とは違う森沿いの小道を二人は行く。辺りには誰もおらず、時折頭上を小鳥が過ぎるだけだ。やがて道は庭園へと続き、足下が石畳へと変わる。庭園の中央に位置する大噴水が見え、その脇の木陰にカフェ・ド・ウォン聖地店が現れた。
 

■NEXT■


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