さて、三日後の午後。そろそろ聖地に向かうため出掛けねば……という頃になってザッハトルテが社長室にやって来た。例によって皮肉で持てなすチャーリーを軽くあしらって、彼はジュリアスに話しかける。
「もうそろそろお出掛けかと思いましてね。……以前のように奥の部屋から聖地に直接行けたら楽でしたのにね」
 ザッハトルテは、社長室の奥に設えてあるチャーリーの私室を指さして言った。
「ホンマやなあ。いちいち外務省の聖地管轄課まで行かなアカンのは面倒やけど、でもまあ、聖地に行けるだけでもなあ。そんなトコから聖地に行くルートがあるなんて一般には誰も知らんことやし」
「管轄課の職員でも、聖地と行き来できるわけではないんでしょう?」
「もちろんや。転移装置は聖地側からしか操作でけへん。おっと、ホンマにそろそろ出なアカン時間や、俺、ちょっと身支度してきますね、ジュリアス様」
 チャーリーは立ち上がると、奥の私室へと消えた。
「ふふ、チャーリーも聖地に出向くとあっては、さすがにきちんとしなくては……と気合いが入るみたいですね」
「ええ」
 ジュリアスとザッハトルテが、しばらく談笑しあっていると、チャーリーが「ジャジャーン」と声を張り上げながら私室から出てきた。
「その姿は……」
「チャーリー、まさかその姿で聖地へ……」
 驚く二人を尻目にチャーリーはその場でクルリ……と回ってみせる。
「何を驚くことがあるんや、二人とも。俺が聖地に行く時の正装はコレやんか」
 小さな黒いレンズの伊達眼鏡、ボレロ風のジャケットに白いニッカポッカ、肩からフワリと斜めにかけた太いストライプのショールの端をギュッとベルトに突っ込んだ謎の商人さん姿。
「うう……ベルトの穴、ひとつ緩めてもうたわ……そんな太った覚えは無いのに……、お腹出てきたんやろか……ヤバイわ、俺」
 短い丈のジャケットから覗くお臍の辺りのラインを気にするチャーリーに、ジュリアスとザッハトルテは肩を竦める。今となってはその姿で聖地に行く必要など微塵も無いのだが、当時を思い出してその衣装を引っ張り出して来たチャーリーの気持ちも判る気がするジュリアスは、“まあ、よいか……”と思う。
「ともあれ、もう時間ですよ。私も自分の部屋に戻りますのでそこまで一緒に……」
 リチャードがそう言い、三人は連れだって社長室を出た。
「ああ、そうや、リチャード。お前、明日から夏休みやったな?」
 ジュリアスとザッハトルテ、半歩遅れて歩いていたチャーリーがふと思い立ち、そう言った。
「ええ。一週間ゆっくりさせて貰いますよ」
「ご旅行でも?」
「南エリアの海沿いのホテルに」
「一人でそんなリゾート地に行くのん? 寂しぃーー」
 小馬鹿にしたような口調でチャーリーが言う。
「誰が一人で、と言いました」
「ええーっ、誰と、誰とやーー? お前、パートナーいてへんやん!」
 ガバッとザッハトルテの肩を掴んでチャーリーが問う。
「失敬な。決めつけないでください」
 チャーリーの手を振り払ってザッハトルテは言った。
「いてたんか……し、知らんかった……誰? 社内の人間か? 男? 女?」
 大袈裟に愕然としたふりでさらに問うチャーリー。
「プライベートです。言いませんよ。さあ、さっさと行かないと遅れますよ。
 ザッハトルテは、興味津々のチャーリーをさらに退け、些か早足になってジュリアスと連れだって廊下を歩く。エレベータの前まで来ると、「では、お気をつけて」とザッハトルテはそう言い、彼らの為に一階に直通のボタンを押した。エレベータの扉が開く。
「貴方も良い休暇を」
「ありがとう」
 ジュリアスとザッハトルテが、大人な挨拶をする横で、チャーリーだけがブツブツと言いながら乗り込んだ。扉が閉まった後も、チャーリーはしきりに首を傾げている。
「リチャードの相手って誰やろ……。そら年齢から言うても恋人がいても不思議とちゃうけど。まあアイツは、高学歴、高収入、高身長やけど、お堅い雰囲気やし……。ジュリアス様、何か知ってます?」
「いや、私も彼とはそういう話はしないので。だがリチャードはジムのトレーナーやメンバーたちにとても人気があるぞ」
 ジュリアスとザッハトルテは、社内ジムに週二回、通っている。社内……とはいえ、これも一般の会員制ジムに劣らぬ規模のもので、些か高額ではあるが入会金を納めればウォングループ外の人間でも利用できる。
「ええっ、リチャードがっ!? そういうたらアイツ、引き締まったエエ体してると言うてはりましたね?」
「ああ。それにジムでは彼は眼鏡を外しているし、汗も掻くので髪型もラフなものになっているし、職場とは別人のようだ。トレーニングが終わった後、よく声を掛けられている」
「むむむ……」
 チャーリーは頭の中で、そのリチャードを想像する……。
「アカン、想像でけへんわ……。そやけどリチャード程度でもそんなモテモテぶりなら、ジュリアス様にも熱い視線が注がれてんのとちゃいますかっ?」
 わざとワナワナと手を震わせてチャーリーが言う。
「どうであろうな。気がつかないが。少なくともリチャードのように、食事やお茶の誘いは来ない」
「まあ、ジュリアス様ほどのイケメンに易々と声をかけられる者はおらへんからな。せめて俺レベルの美貌と知性と財力と笑い……それに厚かましさを兼ね備えてやんと……早々そんな人物は、いてへんて……ふっふっふ……」
 妙に勝ち誇って笑うチャーリー。
「いや私にはそれだけ人間的な魅力が欠けているのだろう。取り澄ましている……と思われているのかも知れない。気をつけよう」
 素直に反省するジュリアスの横でチャーリーがブンブンと首を左右に振る。
「何を言うたはりますかーっ。もうもっと冷めたぁぁぁぁーく、下々の者は控えておれ〜、みたいにぃーー、ビッシィーーとATフィールドで遮断するみたいに一線どころか千線くらい貼って丁度エエんですっ」
 三白眼になって力説するチャーリーにジュリアスは笑う。
「心配せずとも、たとえ誰かに誘われても一線を越えるようなことはないから安心せよ」
「うーん、それって一線は越えへんけど、食事くらいは行くカモやで……、ってことですか?」
「そうだな。気に入った人で、話していて楽しいと思うならば」
「…………そ、そら、まあ、その程度は仕方ないカモですけど……ブツブツ……なんかさっきのリチャードいい、ジュリアス様といい、サラッと大人な感じが納得でけへんっーか、俺が幼稚でアホに思えてくるっーか……」
 チャーリーはそう思いつつ、フーッと息を吐き、こっそりベルトの穴をまたひとつ緩めた。
“クッ、たった一年とちょっとほどで、ふたつも緩めることになろうとは! まあ、あの頃、聖地とこっちの往復の日々で忙しくてチョイ痩せてたしな。それに今はジュリアス様とラブラブな日々でいわゆるシアワセ太り? そやけど、そろそろ俺も気をつけんとアカン、いつまでも若いと思って油断してたら、いつのまにかタルタルのお腹になってしまう。ジュリアス様のためにもいつまでも引き締まった腹とお尻をキープしなくては!”
 チャーリーがシェイプアップを心がけようと決意も新にしたところでエレベータは一階に到着したのだった。
 

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