主星外務省内に、聖地に関する事柄を統括する機関が存在することは、秘密裏でも何でもないのだが、それがどこにあり、誰がそこで働いているかを知るものは少ない。正式名称は主星外務省・特務局・聖地管轄課。省内はもちろん、主星政府内に於いても、その課の名さえ軽々しく口にすることまかり成らぬの不文律が徹底的に浸透している。政府高官であっても、聖地管轄課の事務局が何処にあるのか知るものはごく僅かであるし、一般民が問い合わせてもその回答を得ることは滅多に適わない。
実際には聖地管轄課は、外務省ビルの五十階と四十九階の間に存在する。そのことは、ビル玄関のフロアマップに表示されていないし、通常のエレベータも止まらない。受付嬢も、厳めしい顔付きで立っている警備員その存在すら知らない。尋ねてくる者は基本的にいないので知る必要がないからだ。
ジュリアスとチャーリーは、アポの取ってある人物の名を告げ、受付を済ませると、担当者を待った。やがて定年間近といった年齢の地味なスーツ姿の男が現れる。古参の警備員は、彼がこのフロアの五十階にある特務局の人間だと知ってはいるが、五十階に降りた後、そのフロアの奥にある第八資料室へと入り、書庫と書庫の合間に造られた階段を使って、四十九.五階とも言うべき聖地管轄課の執務室に毎日、出勤していくことまでは知らない。
彼は無言のままジュリアスたちに向かって頭を下げると、エレベータへと誘う。その扉が閉まってから、ようやく彼は「ご足労頂きありがとうございます」と言って、五十階と四十九階のボタンを同時に押した後、緊急停止用の赤いボタンを押した。他に誰も乗っていなければ、、一旦、五十階に上がってからこっそりと階段で半階降りるなどという回りくどいことをしなくてもこうして行けるのだ。途中の階をすっ飛ばしてエレベータは存在しないはずのフロア……に停止する。
そこは人の気配がなく、どことなく浮世離れした静けさ
。ひっそりとしたフロアの奥に幾つかの扉があり、そのうちの一つ、第一応接室と書かれた扉の中に彼らは入った。ジュリアスとチャーリーがここに来るのは二度目である。チャーリーは、聖地に協力者として召されることになった時に召喚された。ジュリアスは、聖地からこの課の奥に設置された転移装置に乗って降り立ったのだった。
「手順に従って、お手続きいたします。まず……持参いただいた本登録用の書類を改めさせていただきます」
男は二人にソファを勧めた後、小さな対面式カウンターデスクの前へと着座し、ジュリアスが持参した書類に目を通す。
「仮申請時に頂戴した書類との相違は氏名欄のみですね? 本登録用の御名前は……ジュリアス・サマー・デ・グランマルニエフィナンシェ様……これでよろしゅうございますね?」
男の声が微かに震えた。
「はい。間違いありません」
とジュリアスは落ち着いて答えた。
「では、これより正式な身分証を発行いたします。発行後、氏名、生年月日などの基礎データ一の変更は、以降一切出来ません。各種手続きは、一般民と同じく各役所の窓口で行って戴くことになります」
つまりここよりジュリアスは、聖地管轄課を離れ、一般の民間と同じ扱いを受けるということだった。
「はい」
ジュリアスがそう返事をすると、“私ごときに、返事をなさるのに、はいなどと……恐れ多いことだ……”と、男の額からドッと汗が噴き出した。そして、上擦った声で、
「き……規約に則り、し……承諾を戴きます」と言った後、深呼吸をし、今度はチャーリーの方に向き直り、少し落ち着きを取り戻して喋りだした。
「チャーリー・ウォンさん。貴方は、ジュリアス・サマー・デ・グランマルニエフィナンシェ氏の身元引受人として登録されます。これは……縁起でもないことですが、事件、事故、災害などで、本来ならばご家族に連絡を取るべきところの代わりとなる……とお考え下さい。これは後日、氏がご結婚などされ、正式に別の方をご家族の登録をされた時、解除することが可能です。仮登録の時に誓約書をお渡ししてありましたが、お読みいただけましたね?」
「はい、読みました」
チャーリーは頷く。
「では、ただ今、簡略的にではありますが、口頭を持ってお返事いただきます。チャーリー・ウォンさん。貴方は、ジュリアス・サマー・デ・グランマルニエフィナンシェ氏の身元引受人として登録されることに承諾いただけますね?」
この時……チャーリーの中の【スイッチ】が入った……。厳かなこの雰囲気がチャーリーの中で別のモノに変化し脳内で熟成されていく……。
“「汝チャーリー・ウォンは、この男ジュリアス・サマー・デ・グランマルニエフィナンシェをパートナーとし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、ジュリアスを想い、ジュリアスのみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
……誓います……もうキッチリハッキリ誓いますぅぅ、死に分かたれても、何があろうと無かろうと俺の身も心も影も一切合切すべてジュリアス様に添いますぅぅ〜っ”
「ウォンさん……あの……どうしましたか? 身元引受人として承諾いただけないのですか?」
黙ったまま返事をしないチャーリーに、男は不審そうに尋ねる。
「あ……いや、誓います、誓いますっ」
「えっと……誓いますとは、ご承認いただけるということ……ですね?」
「そ、そうです、絶対、承認することを誓います……という意味でして……」
“やば……こんな場所でもつい妄想入ってしもたやん〜”
ハンカチで汗を拭き拭き、慌ててそう答えるチャーリーだった。
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