月曜日朝一番。例によって、スタッフと筆頭秘書ジュリアスは、チャーリーの今週のスケジュール調整するのにケンケンガクガクとやり合っている。それがようやく
収まり、もう少しでランチタイムになる頃を見計らって、例によってザッハトルテがやって来た。いつもは挨拶代わりに何かしら嫌みのひとつも言うチャーリーも、今日ばかりは何も言わずに彼を迎え入れた。
「リチャード、お前の事はなんやかんや言うても頼りにしてる。俺に何かあったとき、ウォン財閥を任せられるのはお前やし、事情を知ってるお前ならジュリアス様の事も任せられる……と思てる」
いつになく神妙なチャーリーに、ザッハトルテは不審そうな顔をして、恐る恐るソファに座った。
「一体、何ですか? 新手の嫌みでしょうか?」
「違うわっ。お前にはいつも世話やら心配やらかけてるし、言うべき報告はキッチリしときたいと思てるんや!」
「ふーむ。それは先日、ジュリアスが有給を取って、貴方が早退した日の事と何か関係がありますか? 気になっていたんですが、先週は私も多忙でこちらに立ち寄る時間もなくて……」
「そやったみたいやな。金曜日も遅うまで残業してたみたいやなあ」
チャーリーは、フィリップのマンションからザッハトルテの部屋の灯りを見たことを思い出した。
ザッハトルテは何故知っているのだろう……と不思議そうな顔をしつつも何も言わずチャーリーの言葉を待った。
「ともあれ……お前には今後もいろいろと助けて貰うこともあるカモやし、説明しとくわ……。実は……」
チャーリーは、フィリップとシフォン・ファーム、そしてフィナンシェ家とジュリアスの関係を説明し、週末、彼のマンションでの会話を
大まかにではあるが包み隠さず説明した。
「そうだったのですか……。ジュリアスのご実家が……。でもはっきり判って何よりでした。星都からほど遠からぬ所で、五百年ほども前の土地が、その原型を少しでも留めているのは
奇跡ですよ。女王陛下のご加護だと思わざるを得ません。フィリップ氏も本当に良い人物のようで、それも幸いでした」
ザッハトルテはジュリアスに向かってしみじみと言った。
「ありがとう。貴方にもご心配をお掛けしました」
「……にしても、チャーリー……」
ザッハトルテは、ジュリアスからチャーリーに視線を移す。
「マルジョレーヌ嬢の時にも言ったでしょう? 高貴なご出身の方は、かえって貴方のようなゲテモノが珍しくお気に召させるかも知れないと。
冗談ではなかったのですね。フィリップ氏が、貴方に想いを寄せていたなどと……」
肩を竦めるザッハトルテに、突っかかる気力もなくチャーリーは溜息をつく。
「今度ばっかりは参った。てっきりジュリアス様に気があるんやとばっかり思てたから……。俺にはジュリアス様がいるのに困ったことや。でも、なんと言うてもフィリップはジュリアス様の子孫で稀に見るホンマの紳士やと思うから、強引なことはせえへんやろし
、友達として今後もエエ関係になれると思うよ」
と言いつつ、ジュリアスのジェラシーめいた発言を思い出し、チャーリーは微かに『にまっ』と笑った。
「ああ、そうだ。忘れるところでした。……アマンド公は、貴方とマルジョレーヌ嬢の事、進めるつもりでいらっしゃるようですよ。詳しいことは書かれていませんでしたが何かパーティのお誘いが届いてます。例によって私経由で貴方宛で……」
ザッハトルテは、上着の内ポケットからディスクを取り出す。
「そんなメール、読まへんで。絶対行かへん! 断ってや!」
とチャーリーが断固とした口調で言ったその時、今の会話を聞いていたかのようにカラメリゼから長距離通信がチャーリーの元に入った。
彼は、渋々、モニターを切り替える。
「チャーリー、こんにちは。先日はありがとう」
涼やかな声と共にマルジョレーヌの姿がモニターに映る。私邸からの通信らしく、今日の彼女は先日のようなキリリとしたスーツ姿ではなく、大きく襟の開いた
ラフなカットソーにふわりと薄絹のショールを纏っている。
“おっ、胸元の谷間が、深すぎず浅からず、ちょうどエエ具合や〜
、それにショールで見えそうで見えへんところがなんとも……ってアカン、思わず、オヤジっぽくなってしまった……”
「あ、マルジョレーヌさーん、どもどもー。この間は俺の方こそ楽しいひとときをありがとうございましたあ」
無意識のうちにチャーリーの声のトーンが一段高くなる。
「ねえ、チャーリー、また父が何か無礼なメールを送ったようだけれど」
「あ、えーっと、何かパーティの……?」
ザッハトルテの持参したディスクをチラリと横目で見る。
「ええ。貴方がミドリーノカティスを喜んでいた事を話したら、今度、行われる仲間うちのワインパーティに誘ってやってよい……と例によって高飛車に……」
「あははははー」
「ごめんなさいね。でもパーティでは、レアワインの頒布会もあってミドリーノカティスも出回るし、内容は素晴らしい催しなのよ。主催は父だけど、開催地は毎年違うの。カラメリゼではなく、メンバーの館で順番に開催されるのよ。今年は主星であるから良かったらいらして」
「えー、ホンマー、主星であるなら行きますぅーー」
「チャーリーがいらっしゃるなら私も伺おうかしら?」
「ぜひぜひーー」
「嬉しいわ。じゃあ仔細を書いた招待状をお送りするわね」
「ありがとうー」
「では、また、ごきげんよう」
通信を切ったあとの社長室に沈黙が流れる……。
「……絶対行かない……と言った舌の根も乾かぬうちに……」
「チャーリー、そなたがそこまで優柔不断だったとは……」
ザッハトルテとジュリアスは同時に呟いた。
「いや、そやかて主星であるんなら。ミドリーノカティスのワイン、ジュリアス様気に入らはったみたいやし。この間、ガブガブ飲んではったしー」
チャーリーにしてみればあくまでも愛するジュリアスの為に、レアワインを手に入れるのみが目的のパーティ参加なのだが……。
「わかっていませんね……まったく。女性に貴方が行くなら私も行く……と言われた意味が……」
「マルジョレーヌさんは、まだまだ研究したいと言うてはったし、他にお付き合いしてる人がいてはるみたいやし、ただ単に友達としてのお誘いやと思うけど……」
「気が変わった……ということもあるでしょう。何よりアマンド公に気に入られたようですし……ヘラヘラしてると厄介なことになりますよ」
「そ……そうかなあ……そしたら、やっぱりお断りしよか……な」
とチャーリーが言ったところに、また通信が入る。
「あ、マルジョレーヌさんやで、きっと。何か言い忘れたんやろ。丁度ええわ……理由つけて断るわ……モニター、チェンジ……。はい、チャーリー・ウォンです……って、フィリップ?」
通信の主は、フィリップ・フィナンシェだった。
「やあ、チャーリー。君、今度のワインパーティ参加するんだって?」
「早! あっ、もしかして、例の貴族の仲良しワイン流通ルートって……このパーティやったんかーー」
驚くチャーリーに、フィリップは嬉しそうに微笑む。
「会員以外は参加できないパーティだけど、主催者のアマンド公の承認があれば参加できるんだよ。今年は僕の館がパーティ会場なので、一名追加と、たった今、アマンド公爵の執事から連絡があってね。君が参加してくれるなんてなんて嬉しいんだろう」
「い、いや、やっぱり、忙し……」
「ワインの頒布だけど、オークション形式と福袋とがあるんだよ」
「へ……? 福袋?」
チャーリーの頭の中で、【大入り】と書かれた赤い紙袋が舞い踊る。このワインパーティの実際の福袋は、黒いベルベットの布袋を金色のシルクのリボンで結わえたものなのだが……。
「今年は僕が開催者だから福袋は用意する側でつまらないな……。一律100万聖地ドルで売るんだ。売り上げは慈善団体に寄付するんだよ。辺境の隠れた名ワインや一般には出回らない未公開ラベル、試作品ものなどどれも珍しいものが入ってるんだ。もちろん味の保証済み。それに、ひとつだけミドリーノカティス・ゴールドラベルが入ってるものもある。皆、貴族にあるまじき盛り上がり方でね。アマンド公なんかプラチナラベルを何本も持っているのに」
「うわー、ホンマ? それは面白そうやなあ。俺、クジ運はメッチャええほうやねん」
「なら買わない手はない。参加人数分用意するから、ひとつ追加で作らせておくよ。おっと、君と僕の間でも不正はナシだよ」
「もちろん! 自力でゲットやーー」
「じゃ、楽しみにしているよ。では」
「はいはい。では、またーー」
通信を切ったあとの社長室に再び沈黙が流れる……。
「……理由をつけて断る……と言った舌の根も乾かぬうちに……」
ザッハトルテは天を仰ぎ、ジュリアスに至っては、あきれ果てたのか無言だ。
「ジュリアス様の為に福袋、当てますからねーっ。外れても珍しいワインが入ってるなんてお得や。さすが貴族様は豪儀やなあ……あれ……? えーーっと、二人とも、どうかしたん? 何やテンション低いな……」
チャーリーに他意が無いのはザッハトルテもジュリアスも判っている。判ってはいるが……。
「本当にもう……フィリップにも言い寄られて困っているのではなかったのですか? いくら立派な人物といえど、そういう告白があった以上、しばらくは距離を置くべきかと思いますけどね。ビジネスではなくてプライベートなパーティなんですよ。招待さ
れている貴方が一人で行くしかない状況なのに、よくもまあ、福袋に釣られて……かと言って、今更、断りの連絡を入れるのも大人気ない。第一、気軽に断れるメンバーではないでしょう。主催はアマンド公、開催者はフィナンシェ家。後のメンバーも恐らくそうそうたる方々ばかりでしょう」
今度ばかりは分が悪いチャーリーは、あっさりとそれもそうだ……と素直に撃沈していく。
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