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 月曜日の午後からは、ジュリアスも言っていたように何のアポも会議もなく、まったり……と企画書に目を通すチャーリーだった。書類の山をひとつ片付けたその一番下に、先日、ザッハトルテが調べて置いていったフィリップ・フィナンシェの個人データが出てきた。チャーリーは、何気なくそれに目を通す。ザッハトルテが口頭で伝えたよりも詳しく書かれた経歴書に、改めて感心する。
「聖ビクリニィ学院……いうたら、幼稚舎から大学までの超お坊ちゃん学校や。小学校入学の時、俺が貴族ちゃうし書類で落とされたとこやん。タハハ……。中学部からずっと 首席やなんてスゴイなあ……。乗馬とチェスのクラブでも常にキャプテンか……人望もあったんやな。で、惑星アントルメの大学院に留学……と。……ん?」
 チャーリーはそこでひとつの記述に目を留める。大学院での主な交友関係が記されている。男女合わせて十名ほど。その中には友人以上の関係の者が含まれるかも知れないが、健全な若者ならば当然のことである のだが、チャーリーが引っ掛かったのは、一番最後に記された名前の相手が、フィリップのルームメイトだということだった。学生が家賃をシェアする為にルームメイトを持つのは別に珍しくないことであるが、それは庶民レベルに於いての事である。フィリップ・フィナンシェのような大貴族の身分である者が、家賃節約の為にルームメイトを持つのは考えられない……とチャーリーは思ったのだった。
「となると、これは同棲してたってことか……な」
 複雑な気持ちでチャーリーはそう呟いた。データによると、ルームメイトはアントルメ大学の建築科の学生と記されている男性だった。
“留学先の恋を引きずったまま、親の薦めるままに家柄の合う相手と結婚したものの、心が通じ合わず父親の死後に、ようやく離婚……って事やろか? 同性でもOKな人なんかなあ……考えすぎやろか?”
 フィリップの翳りのない笑顔を思い出すと、たとえそうであったとしても、一人の相手と真剣に向かい合っての事ならば、別にどうということもない……とチャーリーは思う。自分もそうであるのだから……。ただ、問題は……。
“昨日、俺が体験コースに参加してる時、フィリップとジュリアスの間に何かあったんと違うかな……。ジュリアス様、戻ってきた時から何か様子がおかしかったし……。あの時は、疲れてはるんやとばかり思ってたけど……。今日の事も、馬に夢中なんや……と思ってたけど……”
 チャーリーはブンブンッと頭を振った。
“待て待て、俺。ちゃんと整理して考えるんや。例えば、二人きりになったのをこれ幸いと、フィリップがジュリアス様に乱暴狼藉を働いたとする……。ジュリアス様は当然怒るやろ、その場で、ビンタのひとつも喰らわしてそれでオシマイ のはずやから、その後のジュリアス様の何となく煮え切らんような態度はありえへん。では、乱暴狼藉ではなくて、極めて真摯にフィリップが言い寄った場合……。ジュリアス様のことや、俺という者がありながら二股なんてしはる人やないし、そういう場合でもキッパリとお断りになるはずや 、冷静にな。けど……ジュリアス様自身がフィリップの事を気に入ったとしたら? 俺の時みたいに……ジュリアス様の心の中で何かが始まったとしたら? いや……始まらんまでも……”

 そこでチャーリーは自身の事に置き換えてみた。もしマルジョレーヌ・アマンド嬢から、愛の告白をされたら自分はどうするだろうと。
“そんなことになっても、もちろん俺の愛するのはジュリアス様たった一人。お付き合いはでけへんと断るけど、相手の気持ちを思うと、その場でバッサリと振るのは難しいよな……。フィリップやマルジョレーヌさんみたいなエエ人やったらよけいに”

 チャーリーはそこまで考えて、また頭を抱え込んだ。
“はあ〜、何をウジウジと考えてんのや、俺は。フィリップとジュリアスの間に何かあったかどうかなんて俺の勝手な想像。ホンマにもう、ジュリアス様の事となったら情けない。……しっかりしぃや、チャーリー・ウォン!”
 気合いを入れて立ち上がったものの、やっぱり何かを思い悩む風情のジュリアスの様子が気に掛かり、チャーリーは、ヘナヘナと座り込む。

「よけいな事は考えんとこ。そやけど、ジュリアス様がイマイチ元気ないのんは事実やし……そや……電話してみよ……」
 チャーリーは、少し考えてから、ジュリアスにではなく、館の執事へと電話を入れた。
「あ、もしもし。チャーリーやけど。いや……別に大したことやあらへんけど、ジュリアス様、どうしてはるかなと思って。朝、ちょっとしんどそうにしてはったように思って。…………あ、そう……いや、ええんや、別に。それじゃ……」

 電話を切った後、チャーリーは大きな溜息をついた。執事によると、ジュリアスは、午前中はずっと私室にいたそうである。昼食をとったあと、出掛けてくると言って、エアカーに乗って出て行ってまだ戻っていないと言う。
「どこに行かはったんやろ……」
 ジュリアスの行動範囲はまだ限られている。ふらり……と気の向くままドライブを楽しむ……などということは、あまり考えられなかった。館には五台の自家用車があった。一台はチャーリーとジュリアスが通勤用に使っている運転手付きのセダンで、それは今、会社の駐車場に停めてある。残りの四台のうち三台は使用人たちが主に使っているワゴン車や 来客送迎用セダンで、残りの一台が、自分やジュリアス専用に最近買ったスポーツタイプのものだ。
「なんか……プライベートの侵害みたいで後ろめたいけど……」
 そのクーペの現在地を知ることは容易い。搭載されているコンピュータは、エンジンをかけている限り常にアクセス可能状態にあり、車輌の状態や位置をメインホストに 送信して記録している。本来は盗難対策用のシステムだ。チャーリーが、エアカーのセキュリティサイトで、定められたIDとバスワードを打ち込むと車の位置はすぐに表示された。モニター上に、主星星都、やや北部周辺の地図が映し出される。赤い丸印がウォンの館で、そこからさほど遠くない地点にジュリアスの乗っているエアカーの青い丸印が 、館に向かって移動しつつ表示されていた。
「今、丁度、館に戻る道中ってことやな……」
 チャーリーは、安堵しつつ、何気なく履歴ファイルを見た。15分単位でどの位置に車があったかが遡って表示されている。最終的に三時間ほど前、ジュリアスがいた場所が特定された。

「シフォン・ファーム……」

 と、チャーリーは呟いた。
“そ、そら会員権や馬は、大きい買い物や、よう調べてからでないとアカンもんな。何か気になることでもあって……それで、また……ファームに行かはったんや……きっと、そうや……”
 と言い聞かす心の奥そこで、別のチャーリーが、“えー、そうかなあ? 昨日の今日やで? 何か聞きたいことならファームに電話でもすれば済むことと違う? もしかして、フィリップと昨日、二人きりになった時、約束してたとか? 内緒で……密会の……” と囁く。
“嫉妬に狂う男はみっともないで、チャーリー。ジュリアス様が密会なんてしはるワケないやん”
“いやいや、冷静ぶってる場合違うで。フィリップ・フィナンシェ、あれだけの人物な上に、趣味もジュリアス様とバッチリ。のほほんとしてたらヤバイんと違う?”
 鬩ぎ合う自分の心を持て余したチャーリーは、米神を押さえながら瞳を閉じた。
「フィリップがジュリアス様が好きやと言うなら、真っ向勝負するだけや。相手に不足はないでっ。ジュリアス様がフィリップを選ぶと言わはるんなら、俺は……キッパリと諦めるまでや。ジュリアス様の幸せが俺の幸せなんやから! ……あ、でもその前に、ちょっとだけ、泣いて縋ってみよ……」
 どこがキッパリと……やねん! とツッコミを入れながら、チャーリーは、立ち上がる。時刻は午後四時過ぎ。
「とりあえず、帰る! 今日はもう早退や! 帰ってジュリアス様に何があったか聞くまでや!」
 握り拳に、肩を怒らせて、チャーリーはそう叫んだ。

 

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