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 チャーリーに睨みつけられたフィリップは、沈んだ声で、「……僕が悪かった」と言った。完璧男のフィリップがアッサリと項垂れる様に、チャーリーは、なんとなくバツが悪いなあ……と思いつつ、「もう気にしやんといて」と短く言った。
「チャーリー、良い機会だから、もうひとつ謝っておきたいことがあるんだ……。実は父の死後、君とコンタクトを取りたいとずっと思っていたんだ」
 フィリップは俯いていた顔を挙げて改まって言った。
「え? なんでまた?」
「ヒヒン軟膏のことだよ……。我が社のものは、フィナンシェホースクリームというけれど。これの発売直後からのいざこざは知っているだろう?」
「まだ小さいかったけど、揉めてたんは知ってるよ」
「僕もそうだ。経営に参加するようになって改めて調べてみたけれど、どうにも我が社の……祖父と父のやり方はフェアじゃなかったようだ。それで父に、思い切って発売を中止するよう進言してみたけれど聞き入れられなかった」
「そら無理やろ。確かにシェアはウチのが上やけど、そっちも世間に認知されてるし。それにヒヒン軟膏よりだいぶ安いし、合成成分やから有効期間も長い。輸送コストや時間のかかる辺境へのニーズは大きいやろし。ウチの古参の連中は、まだ根に持ってるようやけど、もうだいぶ前の事やし、俺は今更 と思ってる……」
「確かに今更ではある。謝って済むことではないのだけれど、フィナンシェホースクリームの事を申し訳なく思っていることだけは君に承知して貰いたかったんだ。お詫びになるとは思えないが、近々、処方を変えるつもりでいる」
「処方を変える?」
「今のままでは、たとえ合法だとは言っても、そっくりそのままコピーしたのと同じ。我社なりに研究して、新たに処方されたものに変えるつもりだ。自身をもってヒヒン軟膏よりも良いと思えるものを。それでもヒヒン軟膏というものがベースにあったという事実は変えられないが……」
 宣戦布告……とも取れることだが、フィリップの言い方からは彼の誠意が伝わってくる。
“この人、ホンマに真っ直ぐ……というか、心正しい人なんやな……”
 と思ったチャーリーはニコッと笑って、「うわー、かなんなー、そんな本気だされたらシェアが逆転してまうやんかー」といつもの調子に戻って言った。それに安堵したフィリップが嬉しそうに笑う。
“なんか可愛いとこもあるやん。完璧男やのに可愛いトコもある……って、ジュリアス様もそんなトコあるよなあ……なんか俺、フィリップのこと、かなり気に入ったで”
 
 それから二人は、しばらく最近の経済の動向などを語り合った。お堅い内容にもかかわらず笑いが絶えなかった。
 やがて午後12時を知らせる鐘が、馬を驚かせないように控えめにシフォン・ファームに鳴った。昼食をとるために会員たちが、コースから引き上げてくる様子がテラスからも伺える。ジュリアスも、クラブハウスに戻った後、チャーリーの待つテラスへとやってきた。
「ジュリアス、午後から、厩舎の方に案内するよ。あのコースの向こうの林を越えた所にあるんだ」
「へえ……林の向こうにも厩舎が? ホンマにココ、広いなあ」
「子馬と母馬を放牧させてあるから、厩務員以外は立ち入り禁止区域にしてある。今度のセレクトセールに出す若駒たちもいる」
 そう聞いてジュリアスが思わず微笑む。
「そうだ。チャーリー、君、僕たちが厩舎に行ってる間、初心者の体験乗馬コースに参加してみないか?」
「初心者って言うてもソコソコ乗れへんとアカンのと違う?」
「いや、まったくの初心者対象だよ。地域の催しとして月に一回開いてるんだ。無料講習会だよ、参加者は、近隣の町の子どもたちと保護者。気さくな集まりで着替えもしなくていいし」
「へえ……そんなこともしてはるの。ここ高級クラブやのに?」
「ファーム周辺の皆さんには、いろいろとご迷惑をかけることもあるし、昔々の事だけど、この辺り一帯はフィナンシェ領だったんだよ。町の中に縁の建築物も残っている。親睦を兼ねての意味合いもあるんだよ。それにこの体験コースで馬に興味を持ってくれる子がいて、いずれ騎手になるかもしれない。先行投資だよ」
「そしたら参加させて貰おうかな。俺も未来の騎手さんと同期生っていう繋がりを作っとこ!」
“そうや、それに、ジュリアス様のパートナーとしては、ちょっとでも乗れるくらいにはなっとかんとアカンやろ! 馬乗り放題の星に旅行した時とか、二人して遠出したりなんかもできるし……”
「それでは参加者名簿に君の名を追加させておくよ。さあ、昼食にしよう」
 フィリップに、ランチルームに案内された二人は、ファーム内とは思えないほど豪華なランチをゆっくりと楽しんだ後、チャーリーは体験コースに参加し、ジュリアスとフィリップは連れだって、ファームの奥にある子馬のいる厩舎へと移動した。
 
 初心者の乗馬体験コースには、子どもとその保護者を含め20名ほどが参加していた。若い女性の教官がにこやかに対応している。簡単なレクチャーの後、いよいよ、「まずは、この台を使って馬に乗ってみましょう」と教官が言うと、子どもたちの間で「やったー」と声があがる。
「調馬用のロープを厩務員さんが持ってますから、手綱を持って乗っているだけですよ。お馬のお腹を蹴ったり、首にしがみついたりしてはいけません」と言われて、「はーい」と元気よく答える子どもたち……とチャーリー。

“うっひゃー、馬上って結構、高いやん〜、怖!”
 些かびびりながら馬に乗ったチャーリー。厩務員が合図を送ると馬はしずしずと歩き出した。チャーリーの体が上下前後に揺れる。
「ひ、ひぇぇ〜。こら、ただ乗ってたんではアカンわー」
「そうでしょう。姿勢を正して、腰にグッと力を入れてください。それと、内股を引き締めて、馬を挟みこむ感じで」
「は、はい、こ、こうですねっ」
 チャーリーは、四苦八苦しながらも砂地の小さなコースを周回するうち、だんだんと気分が良くなっていく。最後に皆で、馬にニンジンをやり、二時間ほどの体験コースは終了した。
 

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