翌日、月曜日、朝のミーティング終了後、一息ついたチャーリーは、コーヒーを片手に、ネット経由で、週末の各星系経済ニュースの配信を見ていた。小難しい顔をして、「ふんふん」とか「ほぉ」などとモニターに向かって呟いていた彼は、突如として、
「くーっ、くっくっ、あっはっはっ」と机を叩いて笑い出した。ジュリアスは、何事か……と思った後、咳払いをし、「チャーリー」と小声で窘めた。
「ジュリアス様、これこれ、このニュース」
 もはや涙を流しながら笑っているチャーリーの指さすモニターを、ジュリアスは、席を立って、覗いた。 何時の間にか経済ニュースが、スポーツニュースに切り替わっている。
「ええですか? もいっぺん最初から再生してみますよ……くっくっく……聖地杯が惨敗に終わったんでパーティは総てお流れ、アマンド公は、怒りながら専用機でカラメリゼに帰ってった……というニュースです〜」
 そこには、憮然とした顔で、差し出されたマイクを蹴散らすようにして去っていくアマンド公爵夫妻が映し出され、その直後に、同じシャトルの貨物室に搬入されるクラヴィスアマンドの姿に切り替わった。こちらの方は、アマンド公の不機嫌など我関せずな雰囲気で狭いゲージに入るのを嫌い、係員の者たちを手こずらせているが、世話係の女性厩務員が手綱を牽いたとたん、仕方がないとばかりに大人しくなり、いつものように堂々とマイペースでゲージに入っていく。その扉が閉められようという時、カメラの方をチラリと見ると、立ち止まりポーズを取る。そして、まるで「 フッ……さらばだ……」と言わんばかりに嘶いた。
「くくく、クラヴィスアマンド、さすが大物や〜、アマンド公よかよっぽどオ・ト・ナ。うひひひ」
 上機嫌なチャーリーの横でジュリアスが、「アマンド公にはお気の毒なことであったな」と呟く。
「確かに。そやけどね、俺、昔からあの人、あんまり好きと違いました。親父のことも成り上がりやと見下した態度で。まあホンマのことやけど。面と向かって態度に出すなんてどうかと思いますよ。それに、ヒヒンジュリアスのことも。ジュリアス様の御名前を拝借してしまった俺も悪いんですけど、あんな言われ方されたら、馬やウォンのことだけやのうて、ジュリアス様まで貶された気ィがして、もうムカムカして。そやから、今度の事はザマーミロですわー」
 チャーリーのスッキリした笑顔に、ジュリアスも、“まあ仕方がないか……”と思う。その時、渋い顔付きでリチャードソン・ザッハトルテが入ってきた。
「おはようございます、ジュリアス」
 とジュリアスにだけ瞬時に笑顔を見せた後、ザッハトルテは、チャーリーにズイッと、ディスクを渡す。ディスクと呼んではいるが四方二センチ足らずのメモリーカードである。
「何や?」
「メールですよ。貴方宛の。転送しても良かったんですが、手渡しというアナログな方法が貴方には確かですから……」
「何で俺宛のメールがお前のとこに行くんや?」
「差出人はカラメリゼのアマンド公爵。あの方の中では私はまだチャーリーの第一秘書なのでしょう。判っててやっているような気もしますが。貴方に直接メールして、不着事故だの多忙で読んで無かっただのと言われるかも知れないから、私宛に出して何が何でも取り次がせようとしたのでしょう。以前にもあったことです」
「ああ……あったあった。シカトして、磁気嵐でメール不着やった〜と言うたら、その次のしょーもないパーティの事をお前宛に連絡よこして、ちゃんと取り次がへんかったら責任問題や〜とお前に命令したんやったな〜」
「今度は逃れられそうにありませんよ」
 ザッハトルテはチャーリーを睨みつけ、早く再生するようにマシンを指さす。
「見るよ、ちゃんと見ますよー」
 チャーリーは渋々、ディスクを再生する。いきなりアマンド家の紋章がドドンと映し出された後、公爵が現れる。背景の様子から見て、カラメリゼに向かう専用機の中のようだ。

『やあ、チャーリー。昨日はやってくれたな。ヒヒンジュリアスは見上げた馬だったよ。血統もよくないのにあれが庶民パワーというヤツだろう。クラヴィスアマンドは些か上品過ぎたようだ……』

 チャーリーはモニターごとぶち壊そうと、側にあったチタングロニウム製の置物を握りしめる。ザッハトルテはチャーリーの手首を掴んだ後、まだ続きがある……とばかりにモニターを見るように目で訴えかける。

『……ところで、チャーリー。ひとつ頼まれて欲しいことがあるのだよ……』

 ブチッ。

と、嫌な音がした。
「頼み事なんか誰が聞くかーーーっ」
 チャーリーが、怒りに肩を震わせながら無理矢理、ディスクを引き抜いた後、目の笑っていない笑顔のままのアマンド公爵の画像が映し出されているマシンの電源を落としてしまったのだった。
「信じられない暴挙ですね。モノにあたるのはお止めなさい」
 ザッハトルテは、ピシャリとそう言った後、フーッと溜息をつき、「でも気持ちは判ります」と言った。
「チャーリー、まずは落ち着いて。もう一度、最後まで見てみよう」
 ジュリアスにそう言われて、チャーリーは手の中のディスクを見た。が、既に二つにへし折られている。
「……私のマシンの中に原本がありますが、内容は私から説明しましょう。その方が、アマンド公の顔を見なくて済む分、良いでしょう?」
 ザッハトルテの言葉にチャーリーは素直に頷いた。

「……アマンド公爵夫妻は聖地杯の後、しばらく主星に滞在予定だったそうです。別ルートで旅行中の、末のお嬢様マルジョレーヌ嬢と落ち合うことになっていたのに、怒りのあまり我を忘れてカラメリゼに飛び立ってしまった。すぐに連絡を入れたそうですが、苦労して予約を取ってあったレストラン・パリプレストの事だけが残念だとお嬢さんに泣きつかれたそうです……」
「パリブレストかあ……。三年後まで予約ビッチリの七つ星レストランです。俺もジュリアス様と行きたくて予約いれてあります、三年後の八月に。俺、前にいっぺん行ったことありますけど、総ての面に於いて大したもんやったですよ。超高級やけど、ありがちな慇懃無礼さは皆無で、料理ももちろんメッチャ美味しい」
 チャーリーが、ジュリアスにパリブレストの説明すると、ザッハトルテは続きを話し出した。
「で、そのパリブレストでの食事をキャンセルしてしまうのも勿体ないし、けれど娘一人で行かせるわけにもいかないと、エスコート役を貴方にお願いしたい、と」
「は? なんで俺? 他にも知り合いがおるやろ?」
「……鈍いですね」
 ザッハトルテの口端が意地悪く上がる。適齢期の娘のエスコート役を頼む、と言われたら、そういうことか……とチャーリーにも判る。
「……ち、ちょーーー待て。それやったら尚更、俺? あの大貴族様のご令嬢と? さんざんウォンのことを成り上がりとバカにしてたのに?」
「あちらのご長男は、カラメリゼ王家の姫を配偶者をお選びになりました。ご長女は、隣星の王家に嫁がれ皇太子妃となられました。末娘の婿として今更、家柄を望まずとも別にまあいい……と言うことでしょう。ウォン家なら経済的にはあちらの事業にとって美味しい話ですしね」
「うわー、絵に描いたよーな政略結婚や!」
 チャーリーは大袈裟に首を振る。そして、大声で「まっぴらゴメン!」というとディスクをゴミ箱に放り込んだ。

「チャーリー。相手が相手だけに、それでは拙いことになるのではないか? 現段階では、ただ食事のエスコートを依頼されただけであろう?」
「そうなんですよ。先の聖地杯での事は馬同士の事ですが、アマンド公としてかなり面白くなかったはずですし、その上、エスコート役も断るとなると……ビジネスの世界にしては、実に大人気ない理由によって、ウォン財閥とアマンド財閥全面戦争に突入ですね」
 ザッハトルテは両手を広げて肩を竦める。
「選択肢は無い……ってワケやな。……ええよ、いくよ、仕事やと思たら何でもできる。これは仕事、これは接待、これは仕事、これは接待、こーれーはーー、あくまでーー、しぃーごぉーとぉぉぉ」
 チャーリーは、三白眼で呟き続ける。
「万が一、マルジョレーヌ嬢が貴方を気に入って話を進めたいと仰った場合……」
 ザッハトルテがそう切り出し、チャーリーの呟きがやっと止まる。
「万が一って何やねん。けど、……そんなことになったら……その時は、俺も男や!」
 そう言ってからチャーリーは、ズイッと立ち上がった。そして最愛のジュリアスを、ねっとりと見る。
「リチャード、お前にウォン財閥はまかす! 俺はジュリアス様と駆け落ちする!」
 握り拳を作って大地を踏みしめるポーズを作り、チャーリーは熱く叫んだ……が、ザッハトルテとジュリアスは冷静なままだ。 
「そう仰るなら任されますが、ジュリアスは置いてって下さい。我が社にとって必要な人ですから」
 銀縁メガネの端をクイッと持ち上げ、ザッハトルテは大したことは聞かなかった……とばかりに言い返す。
「アホか〜、それやったら駆け落ちの意味無いやん〜。だいたいお前のジョーダンは、じわっと本音が入ってるんや〜」
 ペタン……と椅子に座り直したチャーリーは腕組みをした。

「あのジジイの末娘や、絶対、我が儘で高飛車な女に決まってる。スマートな青年実業家チャーリー・ウォンのスイッチはOFFにして、この訛りバリバリの素のチャーリーで行ったる! ふふふ、アペリティフを口にしたあたりで、向こうは呆れて、お下品な人ね! と怒りつつ退場や! 後はアマンド公に、私のような庶民がお嬢様のエスコートなどできようはずもございませんでした。申し訳ございません……と歯が浮いてボロボロ落ちて総入れ歯になりそうなお詫びのメールでも入れとくわ。それであのジジイのメンツも保たれるやろ!」
 ニヤリ……と笑うブラック・チャーリー。
「……貴方の計画には、詰めが甘い所がありますね。マルジョレーヌ嬢については何も存じ上げませんが、あのような高貴なご出身の方は、かえって貴方のようなゲテモノが珍しく、お気に召させるかも知れません」
 どこまでもザッハトルテは容赦ない。
「なんやとぅぅ〜、誰がゲテモノやねん!」
「ジュリアスが良い例です」

 瞬時にしてチャーリーが固まった。ザッハトルテの放った言葉のダメージは大きい。
「失礼、言い過ぎましたか? けれども、ホンマの事言われて怒ったらアカン、お前の為に言うてくれたはると思いや、チャーリー……というのは先代のお残しになった珠玉のお言葉でしたね」
 フォローになっていません……とチャーリーの目が訴えかける。
「リチャード、私は別にそのようなことで、チャーリーの秘書をしているわけではなく……」
 ジュリアスには、ザッハトルテとチャーリーのやり取りは、仲の良い兄弟が、じゃれているようにも思える。またそのテンポや呼吸に、あ・うんのものを感じ、なるべく二人の会話には立ち入らないようにしていたのだが、今の発言はあまりに、チャーリーが可哀想に思えて、ついそう言った。とたん固まっていたチャーリーが一気に溶け出す。 ドロドロドロ……。
 
“……そうだ、私がチャーリーの側にいるのは、愛、愛ゆえに。確かにチャーリーといると私は楽しく思う。だが決してゲテモノなどとは思っていない。チャーリーの端正な容姿、切れ味鋭い明晰な頭脳、どれひとつとっても私の好みだ……そして、ああ、チャーリー、褥でのそなたの愛らしい姿と相反するテクニック! 私はもうチャーリーにメロメロなのだ……って、うーん、メロメロという言い方は絶対しはらへんなあ 。他に同義語は? ……類語大辞典、引こ。……えーと、メロメロ……0601d04……あったあった……心引かれる……か、なんやフツーっぽいやん。お、魂が抜けたようになり、すっかりだらしなくなってしまう……の方が、メロメロ感出てるな。うーん、そやけど、ジュリアス様が、すっかりだらしなくなんてならはるトコなんか、なんぼ俺の想像力を持ってしても 考えられへん。む……ということはやで、ジュリアス様は、俺にメロメロになんかならはれへん……と言うことか? ビ、ビミョーな気分や……”

「いきなり辞書を引き始めたましたね……。ジュリアス、この姿のどこがゲテモノでないと? ご覧なさい。あの辞書を引く姿。知らない人が見れば知的そのものです。が、心の中でどのような妄想が渦巻いていることか……。しかもその妄想が、彼を支える原動力になっているのです。人類の亜種と言っても過言ではないでしょう。故にゲテモノカテゴリーに入れても良いはず」
 銀縁メガネの縁をキラリと輝かせてザッハトルテが言う。やはりこの二人の会話には入らないようにしよう……と密かに思うジュリアスであった。

「今回の事は、私もチャーリーに同情はしています。策略の絡んだ相手と二人きりのの食事など辛いものですからね。たとえパリブレストでのディナーでも。でもやはり、アマンド公を怒らせるわけにはいきません。敵に回すには厄介すぎる相手です」
 先ほどのきつい言葉を発していた時とは違う表情で、ザッハトルテが呟くようにジュリアスに言った。あえて憎まれ役になった後の心情は、ジュリアスにはとてもよく判る。ジュリアスがザッハトルテに何か言おうとした時、彼は、「でも、チャーリーなら上手く乗り切ってくれるでしょう、だからあまり心配はしていませんよ」と言って、軽く笑って去っていった。
 
「ふうーー」
 と妄想タイムから脱したチャーリーが大きな溜息を付き、先ほど自分で乱暴に落としてしまったコンピュータの電源を入れ直す。
「ジュリアス様、ゴメンナサイ、ちょっと取り乱しました」
 静かな声でチャーリーが言う。騒ぎすぎて少し疲れたのと、反省している風なのとが入り交じった口調だった。
「いいや。……そなたは……大変だな。背負うものが多くて」
「もっと大きな大きなものを五歳から背負ってはった人が何、言わはります。それに比べたら俺の背負ってるものなんか、ぜんぜん」
 ふっ……と笑ったチャーリーの目は優しく、穏やかだった。
“ああ……このチャーリーの表情は、たまらなく良いな……”
 
と、ジュリアスは思ったが、せっかくスイッチが切れたばかりのチャーリーの手前、それを口にするのは今は控えておいた……。
 

■NEXT■

一旦TOPに戻って、ニンジン(WEB拍手/感想)を思惟にくれてやる


聖地の森の11月  陽だまり ジュリ★チャリTOP