真夏の夜の悪夢 

『誰も知らないウォン財閥の社史』
外伝3・真夏の夜の悪夢

 

 週開けの午前九時、社長室の中には、チャーリーのスタッフたちが入り乱れて、様々な報告やスケジュールの調整に大わらわだった。各部署や関連会社や子会社などからの要請を全て把握し、チャーリーの一週間の予定を組んでいくのがジュリアスの最も重要な仕事だったが、すんなりとそれが決まったためしがない。

「いやだから、それは困るんだ。なんとか時間を開けて欲しいと前々から頼まれているのだし」
「しかし、こっちの研究所訪問は契約絡みだぜ。工場の視察よりも優先順位としてはこちらだろう?」
 ジュリアスの頭の上では、スタッフ同士が揉めている。
「明日、火曜日の午後三時から四時にしか空きがありません。工場の視察は次週に回しましょう。約束を後回ししてしまうことになりますが、ゆっくりと視察したいからと申し出れば先方にも納得して頂けるかと思います」
 ジュリアスは冷静に仕事の内容を見極め、的確にスケジュール表を埋めていく。そんなジュリアスの横では、チャーリーが別のスタッフたちに、あれこれと指示を出している。その合間にはメールやモニター通信が入り込こんでくる。
「あ、ちょっと待ってや……」
 とチャーリーはスタッフを待たせ、モニターに向かって何を話し始めた。その口調から話し相手が、ザッハトルテだと判ったジュリアスは、何か急ぎの用でも入ったのかと、聞き耳を立てる。チャーリーは、二言、三言、何かを告げた後、「えっ」と短く叫んだ後、「う〜ん」と唸って、通信を終えた。最後の叫び声が気にはなったが、チャーリーが何も言わなかったので、スケジュールを調整しなくてはならないようなことではないらしい……と判断したジュリアスは再び、目前のスタッフたちと意見を交わす。やがて、二人を取り巻いていたスタッフたちが一人又一人と各々の部屋へと引き上げ、室内は静かになった。
「ジュリアス様、ちょっとエエですか? 仕事のことではないですけども」
 それを見計らったようにチャーリーが言う。
「何か?」
「実は、あの天球儀のブラックオパールのことですけども……」
 ジュリアスの表情が一瞬だけ硬くなる。気にはなっていたのだ。チャーリーが投げつけて壊れた……のは知っていた。始末させた……とだけチャーリーはジュリアスに告げていた。
「修理に出すことも考えたんですが、何せあんなシロモノやし、球体部分と台座は廃棄しました。けど……主星に見立てた中心部分のブラックオパールは無傷やったし相当価値のあるものらしいし、ゴロン……と上手い具合に取れてたんで、ザッハトルテに頼んで、 闇オクに出したんです。ちょっと急やったけど日曜日の夜のオクに割り込ませて」
「ヤミ……オク?」
 いかにも妖しげな言葉にジュリアスの表情には拒絶反応が走る。
「いや。正式名称は違います。会員制のかなり敷居の高い完全クローズドなオークションやからそう呼んでるだけで、合法で、ちゃんとした名士の集まりのオークションなんです。名家ほど家の維持が大変でしょ。資産価値のある芸術品を売らなアカンことも多いんです。けど、世間体があるから迂闊には外に出されへん……ということで始まったものなんです。出品者も落札者も表向きは判らないようにしてあります。オークションの参加は個別ブースに入ってするので参加者の顔も判らないようにしてあります。主催者だけがデータを持ってるわけです」
「そこに出したというわけか? しかしあのようなモノを?」
「ええ。もちろんガラドゥの謂われやら、呪われてるみたいなデータも紹介済みです。ああいうものをきちんと管理できるコレクターも会員の中にはいますし」
「落札されたのか?」
「はい。まあやっぱり欲しがる人は限られてるし、かなりの安値ですけども。代金は速攻で寄付するよう指示しました」
「そうか。ならば何よりであった」
 チャーリーは、まだ何か伝えたそうにしている。
「ジュリアス様……ちょっと……これを……」
 チャーリーは自分のモニターを見て欲しいと指さした。
「実はこの闇オク、元々は親父が始めたもので、今は人任せにしてますけど、名義だけは俺が主催者なんです。で……主催者として当然、オークションの全データが閲覧できる立場にあるんですけども……」
 小声になったチャーリーを訝しく思いながらジュリアスは彼の背後に回り、モニターを見つめた。品番のようなコードの羅列が映っている。
「ブラックオパールの落札者……O・エヴィリオって人物なんですけど……ね」
「その人物は何か問題のある者なのか?」
「オークションに参加している以上、ちゃんとIDを持ったレッキとした会員であることは間違いないんですけどもーー」
 チャーリーは頭を掻く。ジュリアスは話の先が見えず、少し苛つき、眉間に皺が寄せる。
「これ……その人物の画像です。セキュリティチェックの為に入退室時にカメラの前を通るんです……。これは退出時の時のものです……」
 タキシード姿のスラリとした青年が映っている。上部からの角度でハッキリと顔までは見えない。小脇に抱えている小ぶりのケースは、今し方、落札したブラックオパールが入っているようだ。そこに品の良い老紳士が現れて、青年に何かを話しかけ、深々と頭を下げた。
「こっちの年嵩の男は、オークションの案内人です。で、こっちの青年が落札者。見ててください。次のシーン」
「………………あ」
 と、ジュリアスは思わず叫んだ。
 件の青年が防犯カメラの方を見て、ニッコリと微笑み、ウインクしたのだ。
「これは……」
「まごうことなきオリヴィエ様ですわ」
「そのようだ……な。しかし、何故、オリヴィエが……」
「前に……協力者として聖地に上がってた時に、オリヴィエ様から何か良い出物があったら教えてよ……って言われて、半ば無理矢理、闇オクのIDを渡したことが……。俺が身元保証人ってことで審査もスルーで。もちろん書類は書かれましたよ。何か偽造の戸籍が守護聖様にはあるそうで……」
「うむ。視察の際などに必要な為、主星の戸籍を用意してあるのだ」
「オークションの会員には、事前にどんな出品があるかのメールが届くんですよー。オリヴィエ様、きっとそれを見て……。俺が主催者って知ってはるからカメラの前であんなパフォーマンスを……」
「しかし、オリヴィエの手にあのブラックオパールが渡ったのなら安心ではある。オリヴィエは、いわく付き宝石のコレクターだ」
「へ?」
「シータ星系惑星カヌレにある帝国の歴代の王が次々と不審な死を遂げた時、その手元にあったとされるインペリアルトパーズ『月影の囁き』、オメガ星系のタルトレット星が謎の時空の歪みに飲み込まれ崩壊した時、その宙域で発見され、以降の持ち主は総てシャトル事故で死んだという曰く付きのダイヤモンド『嘆きの残像』……、主星 で有名な所では、『水霊の魂』……」
「あっ、それ知ってます。デッカイ黒真珠で持ち主の女性は総て水死……。子どもの頃、不思議怪奇図鑑で読みましたよー」
「そう……それらは総てオリヴィエの手にある。私が聖地にいた時、コレクションを自慢気に見せてくれた。クラヴィスが何か見えるぞ……と言って嫌がっていたが、オリヴィエはおかまいなしだったな。もちろん私にはただの宝石類としか見えなかったが」
「ひぃぃぃぃーーーー」
「とにかくオリヴィエの手に渡ったのならば一安心……というところだろう。クラヴィスもいるし適当に浄化していよう。元より陛下の御身元の近くでは、どのようなものでも悪さなどできまい が」
 モニターの画像はオリヴィエが微笑んでいる所で静止している。ジュリアスはそれを穏やかな顔をして見ていた。
「懐かしい……ですか?」
 チャーリーがそんなジュリアスを横目でチラ……と見て問う。
「ああ、懐かしい。元気でやっているようだ。もっともあちらでは私が居なくなってまだ一月ほどだが」
「ジュリアス様。もしも、もしもですよ。今、また聖地に召還されるとしたらどうします?」
「再びこの身にサクリアが宿り、光の守護聖として召還されるのなら迷うべくもない」
 ジュリアスがキッパリと言い放つと、チャーリーが少し寂しそうに目を逸らした。
「だが、そうでないのなら行かぬ。いや……そなたと一緒だというのなら考えなくもない」
 伏し目がちだった目がパーッと見開かれ、ゴンッ……とチャーリーは机に俯せた。
「いやー、なんちゅー嬉しーことをサラッと。それって俺とやったら例え地の果て、宇宙の果て……って事ですよね。もー、ジュリアス様は、何気に殺し文句言うからなァ。愛してる……とか直球は来ぃへんけど、内角低めのギリギリのトコをピシッと投げてくるっーか、 メッチャ落ちるフォークボール、それがまた職人技というか天才肌?」
 チャーリーが、伏せたまま机をバシバシと叩いて嬉しがっている所へザッハトルテが入ってきた。チャーリーの独り言は続いているが、今に始まったことではない、と見慣れたものである。

「えへへへ〜、
『チャーリー、そなたのいる所が私の聖地だ』
『はい、俺は聖地の公園のカフェテラスのようにいつでもジュリアス様にはオープンですッ』
『チャーリー、そなたは私の憩いの場のようだ』
『はい、俺はジュリアス様をとことん癒しますっ。心の花壇、ベンチ、東屋……』
『チャーリー、そなたは私の噴水だ、そなたの笑顔はマイナスイオンが迸り、私を元気にしてくれる』
『はい、もうジュリアス様の為なら噴水でも泉でもドバドバと溢れさせ……』
……ってコレ、ちょっとある意味、やらしいカモ? もうっ、朝から何言わしはんの〜。くーっ。ああ〜、週末のあの甘ぁぁ〜いチュ〜、思い出しても良かった〜。はぁぁ〜、今から思うとあの悪夢の一夜も、ジュリアス様・夜の帝王って感じでズゴかったなぁぁ。ジュリアス様っていつも俺の事大切に思って、結構優しめのテクで攻めはるやん。そやから、あんな風な強引で本能の赴くままに 貫かれた……なんてないことやし……。いやあ、今から思たらホンマ、ガラドゥの呪いサマサマやったカモ……。それにジュリアス様との仲も再確認できたし、雨降って土地、固まるっーか……ちゃうちゃう、元からジュリアス様と俺の仲には雨なんて降ってないやん〜、もういつも晴天!  濡れてんのはベッドの中だけ! いやーっ、今日の俺、ムッチャ、えっちぃーーー」
 頬杖をつき目を閉じて小声でブツブツと言う夢見心地のチャーリー。

「ジュリアス、スケジュール調整が一段落ついたのなら、お茶でも……と思って来たのですが?」
 そう言われて、チャーリーをチラリと見るジュリアス。
「ええ……。しかし、あの……」
「またよからぬスイッチが入ってるようですね。放っておきましょう。スイッチが入れ替わったら、後を追ってきますよ。 まあ、アレが出た、ということは、彼も余裕が出てきたのでしょう。この所、多忙でしたからね」
 確かにそうだ……とジュリアスは思い切り深く頷いた。
「チャーリーは子どもの頃からビジネスの世界に身を置いてるでしょう? 訳のわからぬ大人の会話の合間に、ああしていろんな空想をして気を紛らわせていたようですよ。長じてからは空想というより妄想っぽいですが……」
 と言われてジュリアスには思い当たる節があった。初めてチャーリーに出逢った時の事だ。飛空都市との取引を巡っての会議の席で、足の着かぬ椅子に座ってじっと耐えていた小さな彼。(詳しくはコッチを読んでネッ

「それに、あの妙なひとり芝居も、時として役に立つこともあるのです。ビジネスのアイディアが浮かんだこともかつてありました。チタングロニウム鉱山の利権絡みでトラブルがあった時、小一時間ばかりああしてるうちに解決策が見つかったことが。まあ、そう思えば、見るからに不毛なあの様子も、意義のあることです」
「なるほど……」
「さて、ジュリアス。我が社自慢の社員用カフェ、本日のオススメケーキは、……コホン。ザッハトルテです。お嫌いですか?」
 澄ました顔でザッハトルテが言う。ジュリアスはクスッと笑った後、「いいえ。好きですよ」と答えた。
「では、ご一緒に」
 スラリとした長身の二人が仲良く揃って出て行く後ろ姿に、チャーリーが正気に返る。
「オイッ、コラ、ザッハ! 聞こえてるでえっ。ジュリアス様、また何をサクッと好きです……とか、エエ声で言うてはんの?! たとえケーキの名前でもそれを好きやと言うことは許せへんでえっ。あっ、痛ッ。イタタ……ジュリアス様、待って〜。ザッハは待たんでもエエでーっ」
 慌てて立ち上がったチャーリーは、引き出しの角に膝を思い切りぶつけて、よろめきながらも、ジュリアスの後を追うのだった……。

『真夏の夜の悪夢』 ひとまずおわり 

あとがき


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