真夏の夜の悪夢 

『誰も知らないウォン財閥の社史』
外伝3・真夏の夜の悪夢


 その後も、二人は変わらず多忙だった。社長と秘書という関係ではあったが、今週はそれぞれ帰宅時間も異なることもあり、ゆっくりと夕食を共にすることもままならない。昨夜の事が思い過ごしであったと確信したかったチャーリーは、まだ仕事が残っているのを承知で、「ジュリアス様、俺、今日はもう帰りたいんですけどもぉ」と申し出た。秘書に了解を取る経営者というのもおかしいような……と思いながら。
「急ぎの書類がまだ残ってるけど、明日の朝イチでも間に合うし、ここのとこ残業やら付き合いやらで、もうクタクタで座ってる気力もないです……。ジュリアス様も一緒に帰りませんか? 翻訳の仕事、締め切りいつです? 大体、そんなん翻訳部の仕事やのに」
「この言語を解する者が少ないのだ、仕方なかろう。……そうだな、明日の午後には出さないといけないのだが、後少しだから明日の午前中にはやり終えてしまえる量だ」
 目元を押さえながらジュリアスは言った。確かに疲れている。木曜日で一週間の疲れがピークに達しているのが自分でもよくわかる。
「最近の多忙さのせいか神経が高ぶって夜もあまり熟睡できない。キリの良い所までやってしまいたかったが、今夜は少しゆっくりした方が良いかも知れないな」
「よっしゃ、帰りましょ! ひさしぶりやなあ、ジュリアス様と夕飯一緒してゆっくりできるなんて」
 元気よく立ち上がったチャーリーに、ジュリアスは「そなた、疲れ切っていたのでは?」と笑った。

 館に戻り、ジャグシーでさっぱりした後、食前酒からデザートまでの豪華なディナーを愉しんだ二人は、リビングへと移りニュース番組を見ていた。同じ所で頷き、同じ所で憤りを感じる幸せをチャーリーは噛み締めていた。

“あの天球儀のことでジュリアス様を疑うような気持ちになったのも、疲れてて余裕がなかったからや”
 としみじみと思うチャーリーだった。
「あ〜、今夜はホンマ、のんびり出来たなあ〜。プチ・リフレッシュ〜」
 テレビの中のキャスターが、『では、また明日。ごきげんよう、おやすみなさい』と頭を下げたのと同時にチャーリーは、大きく伸びをしてそう言った。
「ああ。本当に。今夜はゆっくりできた」
「ジュリアス様……も〜、ちょーーっと、一緒に居てたいなぁ……なんて思ったりなんかしてはりません?」
 チャーリーは、上目遣いで笑いながらそう言った後、「やっぱり週末……明日までお預け……かな。寝不足や言うてはるし……」とゴニョゴニョと呟く。ジュリアスは、それを否定するでもなくスッと立ち上がった。
「待ち合わせは十五分後だ、それ以上だと眠ってしまうぞ」
 ジュリアスは、小さく笑いながら私室へと消えた。
「あわわわ〜」
 チャーリーは、慌ててシャツのボタンを外しながら、自分の部屋へと戻り、シャワールームに駆け込む。ジュリアスも今頃は自身の部屋のシャワールームに入っているはずだ。そう考えただけでチャーリーの体の中でアドレナリンがドドドッと駆けめぐる。ジュリアスを受け入れるための準備を万端整えたチャーリーは、淡いグリーンのローブを纏っただけの姿で、いそいそと広いリビングを挟んで向かい側にあるジュリアスの私室へと向かった。
「来ましたーっ、いつでもバッチリ。システムオールグリーン、スタンバイよし! チャーリー、行きまあーーす」
 とノックと同時に、ハイテンションで叫びつつ、ガバッと寝室の扉を開け放つ。
 寝室の中は、互いの表情がぼんやりと見て取れるくらいに照明が落とされている。部屋の中央にドンッと設えてあるベッドに既にジュリアスが入っていた。幾つもの枕に背を凭れさせて微笑むジュリアスの裸体の上半身にチャーリーは、“なんべん見ても顔が赤らむわー”と思う。
 その時、チャーリーの視野にキラリと光るものが目に入った。例の天体球である。一瞬、怯んだ彼だったが、“呪いなんて思い過ごし。アレが側にあるのは、ちょっと嫌やけど、こんな状況でウダウダ言うのも興ざめやし……。俺はどうせジュリアス様しか見ぇへんからな。うふ、んもー、俺ってばロマンチストさんッ”
 チャーリーは気にするのをやめ、ジュリアスのベッドへいそいそと潜り込んだ。どちらからともなく唇が重なる。いつものようにそっと……。そして僅かな隙間から互いの舌先が触れあう。
「久しぶりやから、なんか俺……もう……クラクラしますぅぅ〜」
「ああ……」
 ジュリアスは、冷静な低い声でそう言うと、目を閉じて、唇を突き出すようにして次のキス幸せそうに待っているチャーリーを見て、嗤った。
 

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