真夏の夜の悪夢 

『誰も知らないウォン財閥の社史』
外伝3・真夏の夜の悪夢


 その夜、ジュリアスとチャーリーは、館に戻ると食事の後、例の天球儀の入った箱を携えてジュリアスの私室へと入った。
「ジュリアス様、ホンマ、いいんですね? これ私室に置いても?」
 チャーリーは、箱をしっかりと抱えたまま問う。ジュリアスは私室の扉を開け放ち頷く。
「書斎には置く場所がないな……」
 ジュリアスは、ぐるりと室内を見渡して言う。机と造り付けの書棚、一人掛け用のソファと家具に無駄はない。大きめの机の上に置こうと思えば可能だが、些か場所をとりすぎ、書き物の邪魔になる。
「では、寝室に置こうか……」
 書斎の奥にある寝室は、中央に立派なベッド、その両脇にサイドテーブル、壁一面は造り付けのクローゼットになっている。元々、客室だったここは、上質だが、 特に装飾のない無難な色調のインテリアで構成されている。ベッドの左横にあるサイドテーブルの上に置いてあった数冊の本を取り去ると、ジュリアスは、そこに天球儀を置いた。飾り気のなかったジュリアスの寝室がグッと良い雰囲気になった。それにベッドの右横にあるもう片方のサイドテーブル上のスタンドと大きさがほほ同じで、対になった感もある。
「へぇ……ピッタリやないですか。ジュリアス様の寝室はアッサリしてたからな。呪いがどうの……ということさえなければ、確かに美術品としての価値も高いしええ感じや。ジュリアス様の手元にあると思うと俺もあんまり怖くない気ィがしてきました。けど、やっぱりあんまり見るのやめとこ」
 チャーリーは、ジュリアスの手元にあるのなら天球儀が無駄にならなくてすむようだ、とホッとした。
「そうだな。私も部屋が殺風景に思えてリトグラフの一枚でも……と思っていたところだったから、丁度良かった」
「これでまあ、俺みたいな妙な気分にならへんかったら、めでたしめでたし、ですね。ジュリアス様のことやから大丈夫やとは思うけれど」
「うむ。私は霊感のようなものは特にするどいこともないようだし、クラヴィスが言うにはそういう類のものも、光のサクリアの持ち主以前に、あまり寄せ付けぬ体質だということだ」
「そやろなァ。そういうのとはぜんぜん無関係っぽい。やっぱりこのキラキラの髪の毛のせいやろか?」
 チャーリーはツツツ……とジュリアスの側に躙り寄り、その髪に触れる。そして、「えへへへ」と笑って、目で自分が欲情しつつあると訴えた。ジュリアスは軽く笑って、チャーリーの頬にひとつ、唇にひとつキスをした。そして……。
「明日はウォン重工業の新工場竣工式典の為に直行するのだったな。いつもより二時間早く出掛けねばならない。……ということで、私は契約書の見直しと調べ物を少ししてから休むことにする。そなたも祝辞の下読みくらいはしておくがいい」
 ジュリアスはそう言うと、さっさと寝室から出て書斎へと移り、書類を鞄の中から取りだすと、机の前に着座しそれを読み出した。
「は、はあ〜、そーですね、明日、早いんでした……」
 あわよくば……を期待していたチャーリーは、ガクッと肩を落としたものの、確かに、明日の予定は相当ハードなものでもあったし、ジュリアスの契約書や調べ物というのも、 すぐにでも必要なものだったことを思い出して、今宵のお楽しみは諦めることにした
「はな、コーヒーでも淹れてきましょうか? 寝る前やけど薄めにすれば大丈夫かな」
「ああ……それは嬉しい。そなたのコーヒーは本当に美味しいからな」
 ジュリアスに笑顔でそう言われると、チャーリーは「それはそれは、おおきに」と頭を掻きながら言った。
“アカンわー。いつまでたってもジュリアス様に、ニコッとされると嬉しゅうて、腰砕けになるわーー”
 といそいそとキッチンに向かい、思いっきり心を込めてコーヒーを淹れたチャーリーは、再びジュリアスの部屋へと戻った。書斎には彼の姿はなく寝室へ続く扉が少し開いている。着替えているらしい音がしている。
「ジュリアス様ー、コーヒー、机の上に置いときますね〜」
 とチャーリー声を掛けると、「ありがとう。おやすみ」と扉の隙間から顔を覗かせたジュリアスからの返事が返ってきた。
「はい〜、おやすみなさいですぅ」
 チャーリーが去った後、着替えを済ませたジュリアスは書斎へと戻った。淹れたてのコーヒーの良い香りが漂っている。机の前に着座し、一口啜る。「美味しい」と思わず声が出る。
「続きを書いてしまおう……ペンは……」
 目前にある書類にサイン書き込む為の愛用のペンを上着の内ポケットに残したままだったことに気づき、ジュリアスは、再び寝室へと入り、クローゼットから今し方まで 着ていた上着からペンを取り出した。書斎へと戻る間際、彼はふと何気なく振り返った。例の天球儀が、緩やかに落とした照明の中にある。確かに見る者を惹き付ける所がある 。
「いい感じだ……」
 とジュリアスは呟いた……。 
 

NEXT


聖地の森の11月  陽だまり ジュリ★チャリTOP