真夏の夜の悪夢 

『誰も知らないウォン財閥の社史』
外伝3・真夏の夜の悪夢

 
 金銀の線を絡ませて造った球体と、それを支える台座が目に入る。天球儀と言える形をしている。その球体の中に、青と緑が混在しあたかも惑星のように見える握り拳ほどもあるブラックオパールが埋め込まれている。よく見ると金と銀の線で編んだ球体の随所には、小さな光の粒があり、そのひとつがダイヤモンドで出来ている。

「これは……この主星域の座標を模したもの……」
 とじっとそれを見つめていたジュリアスが呟いた。
「その通りです。この中央の一際大きな石が主星。それを取り巻く幾筋もの金銀線はこの主星域の他星とのネットワーク関係を示してますねん」 
「これ……台座もオパールのようですね、こちらは乳白色ベースですが」
 艶やかな虹色のそれに触れてザッハトルテが感嘆する。
「決して手には入らぬ主星域、それを贅を尽くして写し取らせることで、征服した気になっていたのだろうか?」
 ジュリアスがそう言うと、野望に取り憑かれた王の虚しさ……が、一層深く感じられるのだった。
「ガラドゥの晩年は酒池肉林の狂王ぶりだったそうです。それまでの圧政に耐えかねた民衆による暴動が起こり、この置物を前に毒杯を煽ったそうですが、死にきれずに悶え苦しんでいる所を宮殿に乱入してきた暴徒により、それはそれは無惨な最期やったそうや……」
 チャーリーは、おどろおどろとしたシーンを思い浮かばせるような声色で説明した。

「と、まあそのようにガラドゥについては言い伝えられているようですが、他の星にもそんな話しは掃いて捨てるほどありますけどね。で、そのガラドゥゆかりの天球儀……『帝王の怨恨』 でしたかね? それが、どうしてここに?」
 と冷静にザッハトルテが言い放つ。
「以降何人もの持ち主が不幸な目に遭い、回り回って俺の手元に」
「なるほど。どこかから押しつけられたんですか?」
 ザッハトルテはフフンと笑う。
「違うわぃ、失礼なっ。元々ウォン財閥では、親父の代からこういう美術品の類を少しづつ集めてたんです……」
 チャーリーはザッハトルテを睨みつけると、ジュリアスに向かって説明し始めた。
「ウチの親父、ジュリアス様も知っての通り、ちょっと成金っぽいトコかあったから、美術関係に手を出してイメージアップを計ろうとしていたんです。税金対策もありましたし。親父の代からの縁故で、俺の所にも出物の美術品の紹介がちょくちょく来るんです。親父の集めた美術品の中には、曰く付きのものもありましたから、今回のこの品が、残忍な指導者ガラドゥのものであったとしてもあんまり気にはならへんかったので、この天球儀の写真を見た時、ただ綺麗やな……と思って買い入れをOKしたんです」
「うむ。確かに美しい品だ。ブラックオパールの価値だけでも相当なものであろう」
「そう……ごっつうエエ感じ……のシロモノですやろ? 俺も気に入ったんですけどね……」
 チャーリーは、そういうと溜息まじりに、その天球儀の上にふわりと黒い布を被せた。
「ああ。どうして隠すんです? もう少し見せて下さい」
 とザッハトルテが、残念そうな声をあげた。
「それそれ、それや。あんまり見たらあかん」
「何ですか、それ? ケチですよ、社長」
「ケチやあらへん。この天球儀、やっぱりちょっと……な」
 チャーリーは目を伏せる。ジュリアスの眉が少し動いた。

「この天球儀を手に入れたものは、なんちゅーか、いろんなものに対して支配欲がムラムラと。ジッと見つめてると、この宇宙を自分の手で掌握したいよーな衝動に駆られますねん。 慌てて箱に収めて見ないようにし、天球儀の歴代の持ち主を判る限り調べてみると、ぞろぞろと悪名高き政治家、指導者の名が……。悪名だけが高すぎて、あまり歴史書に載せる価値もないような……。その誰もが権力の座に固執し失脚、あるいは、暗殺……」
「持ち主が不幸な最期を迎えるなどと、そういう類のものか? この天球儀の持ち主は、皆、独裁者になったとでもいうのか?」
 ジュリアスは信じられないといった顔をしている。
「密かにわかっている限りは。……先月、惑星フラッペで暴動が起きたやろ?」
 チャーリーに問われたザッハトルテは、直ぐさま頷いた。
 「ええ。子会社が幾つかあって社員の安否が気遣われましたが、事なきを得……。あ、まさか、その暴動の発端となったフラッペ星大統領の……」
 チャーリーはザッハトルテに向かって、『ビンゴ!』のポーズを取った。
「フラッペ星大統領は確か群衆の手によって処刑。家財はすべて処分され、美術品の多くが主星域に流出。そのうちのひとつ……この天球儀が俺の所へ……」
 一瞬、シーンとなったが、ザッハトルテが、直ぐにクスッと笑い声をあげた。
「偶然ですよ。まあ、良いではないですか。この天球儀、綺麗ですしね、資産価値もある。私はそういう類の言い伝えは信じません。呪われた……と思いこむから気になるんですよ。それにほとんどは作り話です。独裁者になるだの悲運の最期を遂げるだの。大体、このような美術品を手に入れられるのは、それなりの資産家ですから、政治的かあるいは経済的指導者の立場にあるような人物なわけです。当然、敵も多いでしょうし、暗殺だのという焦臭いことに巻き込まれる可能性も一般庶民よりも多い」
 理路整然とザッハトルテは言い、黒い布を取り去った。再び、テーブルの上の天球儀が露わになる。
「うわぁぁ、やめて。見たらアカン、見たらアカン」
 チャーリーは自分に言い聞かせるように呟くと、ザッハトルテから黒い布をもぎ取り、慌てて被せた。
「社長、そんな迷信を信じて、独裁者になりたいとか思いだしたわけですか?  貴方は昔から、背が伸びる機械だの、寝てる間に暗記できる装置だの効果があるタイプでしたからね。単純というかお得というか……」
 ザッハトルテは小馬鹿にしたように言った。ジュリアスも笑っている。
「うるさいわッ。俺は昔から、素直な心根の持ち主やから、お前みたいに、何でも疑ってかからへんのや! ともかく今回のこのブツについては、冗談やない。最初は俺かて、そんなん迷信やと思って、 届いて直ぐにこの私室に運ばせたんやけど……本当に見てるうちに、こうムラムラっとして、心が冴え冴えと冷たく……」
「そして、支配欲が湧いてきたと?」
「はい〜〜」
 項垂れるチャーリーに、ジュリアスは、笑いを噛み締めている。
「とことん単純なヤツ……と思うてますねんやろ? 俺は、こう見えて割と保守的な平和主義者です。それが、この手に主星の……いや、この宇宙域の支配権を取ろうなんて、そんな気持ちに、ちょびっとでもさせるなんて、怖い、怖すぎるっ、きっと過去の独裁者の怨念とかが積もり積もって乗り移って……」
 チャーリーは頭を抱えた。
「しかし、そなたは既にこの宇宙域の経済的実権を握っているではないのか?」
「もうそれだけで充分です。その上、政治的支配者になろうなんて、俺は思っても見なかったのに……」
「しかし、そなたであれば、良い政治的リーダーにもなれるであろう」
「それは言えてます。政治家というものは、あまり緻密な性格よりかは、大雑把な、いい加減さがあるほうが大成する傾向にありますしね。最終的に主星代表議長の座を目指すとなると、もうそろそろ市議あたりになっていても良いでしょう。秋の選挙に出ますか? なるほど。貴重な昼休みにこんな所に呼び出した理由は、秘密裏に選挙活動の協力をせよと?」
 嫌みたっぷりではあるが、まんざらでもない様子でザッハトルテが勝手に話しを勧める背後で、チャーリーが叫んだ。
「違うーーーー。そんな事と。俺が言いたいのは、この天球儀をなんとかして欲しいってことですっ」
 チャーリーは、握り拳を作って断固として言った。
「しかし、これだけの品ですよ、気軽に廃棄するわけにはいかないでしょう? かといって手に入れたばかりで売りにだすのも……どうかと」
 ザッハトルテは、黒い布の下から覗いている天球儀の台座に触れながら言った。
「では、美術館などに寄贈してはどうなのだ?」
 ジュリアスの意見に、チャーリーはブンブンと頭を振った。
「何しろ見ただけで人を狂わす力があるわけですから、展示なんてとんでもない……と思うんですけど」
 うーん、とザッハトルテは唸り、また黒い被いを取り去った。チャーリーは後を見ていて気づかない。ジュリアスはじっとその天球儀を見つめ続けた。
「チャーリー、私は何ともないようだが? もっと側に置いておかないとダメなのだろうか?」
 ジュリアスは天球儀の正面に立ち、視線を外さない。
「あっ、いつの間にっ。ジュリアス様ッ、そんなに見つめたらあきません〜」
「社長、ジュリアスのような高潔な人柄の前には、そのような愚かな呪いなど関係ないのでは? 私もさほど何も感じませんよ? うん、実に見事なものだな……」
 ザッハトルテは、純粋に天球儀の造りに感心して言った。
「おおう、ジュリアス様が平気というのは、その通りかも知れへん! なんせ元、光の……モゴモゴモゴやからな。辺境のチンケな独裁者の呪いなんか跳ね飛ばさはるのかも……そしたら、まあ、試しに一週間ほどジュリアス様のお部屋に置いてみて貰えますか? それで、なんともなかったらそのままジュリアス様の部屋に 置いてもろたらええし」

と、いうわけでその天球儀は、しばらくの間、ジュリアスの部屋に置くことになったのだった……。
 

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