名刺を受け取ったチャーリーは、そう呟いた後、憮然としてソファに、ドサッと座り込んだ。ジュリアスは、そんなチャーリーの前の椅子に座り、なんとか視線を合わそうとした。
「まわりくどいことをしてすまない。いろいろ考えたのだが、やはりあの向日葵を無駄にはしたくなかったのだ。リチャードにも相談したのだが、こういう形を取った方が、法的にも……」
「……もうええです。今後の貴社とのお取引については、自然薬品及び食品部門の者が担当致します。明日にでも、担当者から連絡させます」
チャーリーは、それだけ言うと、ジュリアスから視線を逸らし、当たり障りのない風景画の掛かった壁を見つめた。ジュリアスは、困り果てた顔をして、チャーリーの隣に移動した。
「そなたにもっと相談すべきかとも思ったのだが、下界に降りてからずっと、何かを決める時は、そなたに意見に求めてきた。自分自身の判断で決めてみたかったのだ……」
「けど、ザッハトルテには、相談しはったんでしょ?」
「リチャードには、決心してから、会社設立の為の相談をしたにすぎぬ」
「そんなこと……俺に……相談して欲しかったけど……」
チャーリーは自信なさげに呟いた。そういった会社設立の為の法的なノウハウは、確かにザッハトルテの方がはるかに詳しいのだ。
しばらくの間、狭い応接間で沈黙が続いた。チャーリーは溜息と共に、言葉を吐き出した。
「たぶん……ジュリアス様は、そのオーガスト・J有限会社で、ただ単に向日葵の種を卸売りしてるだけじゃなく、そのうち、別の商売を展開するんでしょうね。
今は、向日葵の種だけを卸売ってるだけの小さな有限会社は、株式会社になって、従業員も雇わないといけなくなる。事務所もちゃんと構えて。会社は、なんとか軌道に乗りだして、忙しなってくる。……ジュリアス様は、ある日、こう言うんです。『チャーリー、そなたの秘書を辞めたい』と。ジュリアス様かて男。なら、一国一城の主になりたいと願う気持ちを
、俺は止められへん。俺は
なんやかんや言うても笑顔で承知する。そしたら、今度は『仕事が忙しくて、そなたの館まで戻るのが深夜になってしまうことが多くなった。会社の近くにマンションを買ったので
、そちらに移ろうと思うのだ』と言わはるんや。俺が、嫌やと言うたって、貴方は自分でよかれと思って決めたことを簡単に曲げる人やない。そうして、俺たちはすれ違いの生活が続き、顔さえも合わすこともなくなる。一年ほどたったある日、バッタリとどこで逢うんですけど、その時、ジュリアス様の横には、才色兼備な上品な女性がいるんです。ジュリアス様は
紹介してくれはる……、こんな風に……。『チャーリー、こちらは私の秘書のソフィアだ……実は……近々、結婚の予定なのだ』 その女性は
、ジュリアス様の横で、にっこり笑って、堂々と「お噂は、かねがねジュリアスから聞いてましたのよ。よろしくお願いします」とか言うんや。俺も笑って応える。『うわあ、
お目にかかれて光栄です。おめでとうございます。お祝いを兼ねて、いっぺん食事でもご一緒しましょう
〜』って。その後、急に、『すみません、ジュリアス様、俺、急ぎの予定があるんで失礼します、また連絡しますから』って、笑顔のままで、待たせてあるエアカーに乗り込むんです。で、そのとたん……、俺は、俺は、泣くんですよ。
エアカーの中で、ワーワーと号泣するんや。……ジュリアス様が、自分の会社を持ったということは、いずれ、確実にそうなっていくに違いないんです!」
チャーリーは、あたかもそれを体験したかのように言うと項垂れた。
「そなたの想像力の逞しさは聖地にいた頃からあきれるばかりであったが……今のその想像は、なかなか的を得ているな。私もずっとそなたの秘書でいるわけではないだろうし、そなたの館にずっと住まわせて貰うわけにもいかぬからな」
ジュリアスの言葉に、チャーリーは、さらにさらに項垂れる。テーブルに額がつかんばかりだ。
「まだどうなるか判らない先のことを、ウダウダと考えるのはどうかと思いますけど、覚悟だけはしとかんと」
「そうだな。だが、今は、私はそなたの秘書であり、共に暮らすパートナーだ。そなたが、了解してくれるならば」
その言葉に、項垂れていたチャーリーの頭が、一段上がる。
「もちろんです……けども……」
「今の所、私には、ソフィアという名の秘書はいないし、出逢ってもいない。恋に落ちる予定もない。先の覚悟をしたらなら、もうその事は心の片隅にでも追いやって
、機嫌を直し、仕事に戻るように。約束の面会時間は終わりだ
。顔をあげなさい、チャーリー」
ジュリアスは、きっぱりと命令口調で言った。
「なんやかんや言うて結局、また、たしなめられてもうた……」
チャーリーは、ふてくされた顔のまま、ジュリアスを見た。
いつもと変わらぬキリリ……としたその表情を見ていると、自分が情け無くなってくるチャーリーである。そして、このままでは、“俺、なんか、格好悪すぎや……”と思った彼は、皮肉を込めて、意地悪そうな
声で、「オーガスト・J有限会社の社長さん?」と言った。
■NEXT■
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