『誰も知らないウォン財閥の社史』 


「?」
「ホンマに我が社とのお取引をお望みで?」
 チャーリーの声には、いつもの明るさが戻っている。
「もちろんです。ぜひ」
 ジュリアスは、調子を合わせて笑顔で返した。それを見たチャーリーは、座っている向きをジュリアスの方に変え、腰を浮かせると、彼の肩を、ソファの背面に軽く押しつけた。
「ほんなら、ちょっとサービスして貰います……」
 チャーリーは、ジュリアスに覆い被さって素早く、口づけた。
「よ、よさないか。こんなところで!」
「俺は、商売の契約にかこつけて、セクハラする悪い経営者ですねん。ウチの会社と取引したかったら……これくらいのことは……」
 チャーリーは、片手でジュリアスの肩を押したまま、さらに、口づけようと迫る。
「ふざけるのは、そのくらい……う……クッ」
 チャーリーは、執拗にジュリアスの唇を吸う。そして、空いている手で、ジュリアスの鎖骨が露わになるまで、ネクタイの結び目をグイッと引っ張った。 その後、胸から腹部へと手を這わせた。ジュリアスのスーツの上着の裾の辺りに手が辿り着く。その指が次第にどこに近づいているのか察知したジュリアスは、なんとかチャーリーを押しとどめようとするが、 覆い被さるようにして、肩を強く押しつけられているために、少しくらいの抵抗では動けない。チャーリーは、ここぞとばかり、ジュリアスの股間に触れた。
「やめない……か。うっ……ん……」
 抵抗しながらも、ジュリアスのそれは、半立ちになり、ほんの微かに呻きが漏れたのを聞いたチャーリーは、スッと手と体を引いた。 これ以上すると、本気でジュリアスは怒り出し、自分を突き飛ばすだろう……、その引き際は弁えているチャーリーである。

「これくらいのイケズで、この件はオシマイや。ああ、もうとっくに面会時間過ぎてる。ほな、俺は、先に社長室へ戻りますから、ジュリアス様は着衣の乱れを、ゆっくり直してから戻ったらよろしい……フフン」
 チャーリーは、勝ち誇ったように、ソファに凭れたまま、カッターシャツの襟元を乱れさせて、自分睨み付けているジュリアスを見て言った。部屋を出る間際、チャーリーは、 彼ほど乱れてはいない自分のネクタイをキュキュッと締め直すと、前髪をササッと整え、まだ座ったままのを、ジュリアスをチラリと見てから扉を開けて廊下へ出た。
 チャーリーにとっては、敬愛するジュリアスに対するギリギリの態度である。

「……よ、余裕をかましたつもりのはずがっ。はぁ、アカン〜、俺の方は、半立ちどころの騒ぎやあらへんでぇっ……。もう折れそうや……う……あ、歩きにくぅ〜」
 ガニ股になって歩こうとするチャーリーであったが、怒った時のジュリアスの眼力は、聖地では、飛ぶチュピを落とすとまで言われていたことを思い出した。応接室を出る間際のジュリアスの目はまさに、それだった。
「こ、怖! ちょうどええわ……あの凍てつくような怖い目を思い出して、ビビって萎えさせよ……って、やっぱり、情け無いやん〜俺」
 

■NEXT■


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